指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

靴を磨く。

学生の頃はよく靴を磨いた。靴磨きは大きく7〜8の工程に分かれている。まず紐があれば紐をはずす。それからシューローションを柔らかい布にとり、全体に行き渡らせながら汚れを取る。それからマニュアルにはないんだけど、別の布でシューローションをきれいに拭き取る。シューローションというのは汚れ取りなのでそれだけでは光沢が出ないはずなんだけど、実際にはこの段階で革は鈍い光を放ちはじめる。次にシューラスタークリームを別の布にとり全体にまんべんなく塗り込んでから、また別の布を出してクリームをぬぐい取りながら磨く。ここまでで大抵の靴はぴかぴかになる。さらにシューポリッシュを少しだけ布にとって薄く塗り込み、また別の布で磨き上げる。最後にクリームもポリッシュもまるで付いていないまっさらな布で仕上げ。紐があれば紐を通して結び、新聞紙にくるんで風通しのよい場所に保管する。おびただしい量の柔らかい布がいるし、時間もたっぷりかかる。でも終わるとものすごくいい気分だ。
社会人になって真っ先に削られたのがこの靴磨きの時間だった。毎日小一時間かけて靴を磨いているわけにも行かない。そうなると気に入った靴というのも単に磨くのが面倒だという理由で履かなくなった。たとえばある一足なんて20年以上前に買ったものなのに、ソウルが多少すり減り表面の傷が目立つにせよまだ履ける。最近では数年に一度くらいしか履かないからだ。そのかわり外回りで履く靴は、履き下ろすときにスプレーをかけられるくらいで後は大したメンテナンスもされないまま、どんどん履き捨てられて行く。切ないし靴をつい擬人化して、すまないなとか思いながらもずっとそんな感じで来ている。
その靴磨きを今日は本当に久しぶりにやった。今週子供の入園式が予定されているからだ。必要な一式を収めたリーガルの靴箱を書棚の一番上から下ろし、たっぷりたまった埃をベランダで払った。中をあらためると、シューポリッシュは缶の中でかちかちに干からびてしまっていたが、他のものはまだ充分使えそうだった。古い靴下とかTシャツとかの柔らかい布もまとめてしまってあった。一時間ほどかけて家人の靴と自分の靴とを磨き、画竜点睛は欠くもののまあ恥ずかしくない程度にはきれいにすることができた。そして自分はこの面倒な作業が、割と気に入っているんだなと思った。
近くシューポリッシュを買って来て、入園式で履いた二足を磨くことになる。子供の靴のバックスキンにも丁寧にブラシをかけることになるだろう。そういうこだわりみたいなものを、若いうちに持っていてよかった。時間さえ許せば、ボートハウスクラブはまだそれほど遠くないのかも知れない。