指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

今年は本当にいろいろなことがある。

前にも書いたけど夢をよく見る。その中で繰り返し夢に見る場所があってそれが母方の祖父母の家だ。祖父が三十年前に亡くなった後は祖母がひとりで住んでいる。祖母はすでに九十代の半ばだ。それは木造の平屋で、八畳間がふたつに四畳半が一間、あとは玄関と台所とトイレと風呂場がある。広くもない庭には祖父が毎朝お参りをしていたきつねを祀った祠があり、いちじくの木が何本か立っていた。祖父に手渡されるいちじくの実は甘く独特の繊維の歯ごたえがあって好きだった。と言うか、そもそも祖父が好きだった。
その家を何度も夢に見たけど、それは祖父や祖母が現れる夢とは限らなかった。たとえば学生の頃の友人たちや今の職場の面々が登場する夢の、舞台だけがその家だということが何度もあった。あるいは状況がよくわからないのに場所だけがその家ということもあったと思う。何しろ繰り返し夢に見たのでそのいちいちを正確に思い出すのは難しい。ただ、あまり頻繁に夢に見るのでそこが自分にとって無意識にとても大切な場所と思いなされていることを何年か前に意識した。何か特別なものがそこにはあるのだ。
その家に住む祖母が昨日亡くなった。両親と祖母の間に何かトラブルがあったらしくて母は親の死に目も知らされなかったらしい。通夜と告別式の日程だけ知らされたのだが、お前は参加してくれるかと母が尋ねる。日曜の納棺と通夜には行けるけど、月曜の告別式は仕事があって無理だ、と答える。祖母のことを、自分はあまり好きではなかったのかも知れないと思う。祖父が亡くなったとき自分は高校一年だった。世界の半分がもぎ取られてしまったような悲しみだった。ずいぶん、違う。
祖父母の家をこれからも繰り返し夢見続けるような気がする。その前にもし可能なら、誰もいなくなった祖父母の家をもう一度だけ訪れてみたい。繰り返しになるけど、そこには僕にとっての大切な何かがあるに違いないからだ。