指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

天丼いもや。

1982年の春に上京し二年間お茶の水駿台予備校に通った。高校の時に一番仲のよかった友だちも同じだったので昼は毎日のように待ち合わせて神保町まで降りて行き、一緒に昼食をとった。何を食べていたか全部は憶えていないけどいもやのトンカツと天ぷらはすごく頻繁に食べた。白木のカウンターが清潔そうで店内は油の匂いに満ちていた。トンカツも天ぷらもすごくかりっと揚がっていておいしかった。それにシジミのみそ汁とご飯がついた。トンカツにはキャベツの千切りもついた。それで五百円くらいだったと思う。五百円にしてはすごくお得な感じがした。昼時にはいつも行列ができていたけど待つのもまったく気にならなかった。待っている人がいるのに長居はできないのでふたりの内先に食べ終えた方は外に出て煙草を吸った。あの頃はあの辺りでもまるで問題なく路上で煙草が吸えた。夢みたいだ。
家人がおいしい天丼が食べたいと言うのでいもやのことを思い出し、確か天丼を出す店もあったはずだと思って土曜日の今日、子供を児童館に預けた後ふたりで神保町に出かけた。記憶を頼りに神保町の交差点から飯田橋方面へ白山通りを少し行くとそこに天丼いもやはあった。土曜日の午後二時近くだったけど、やはり店内には席が空くのを待つ人の行列ができていた。えびといかのぷりっとした食感、キスのふわっとした食感、それにタレがものすごくおいしかった。シジミのみそ汁がついて550円。安い。家人もとても気に入ったようでよかった。一度随分前に天ぷら定食のいもやに連れて行ったとき、そのあまりの回転の速さに気後れして、口の中をやけどしながら食べ終えたことがあり、本人はそれをトラウマのように抱えていた。
僕がほんの少し先に食べ終えたので外に出て待っていた。そのとき「元祖半チャンラーメン さぶちゃん」の看板をすぐそばに見つけた。予備校の時いもやに負けず劣らず通ったのがさぶちゃんだった。最後に食べてから25年以上が経つ。結構年配の人がやっている店だったのでもう無いものと思っていたけど、外からのぞくとだいぶ太ってはいたものの、たぶん同じ人がカウンターに立っているように見受けられた。今度食べに行きたい。