指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

等身大のフィクション。

季節の記憶 (中公文庫) 保坂和志著 「季節の記憶」
これまで読んだ保坂さんの作品ではいちばん実体と言うか、存在感と言うか、そういうものが感じられた。鎌倉という場所の地勢が詳述されているのがその理由かも知れない。あるいはそこをめぐる季節の感じのせいかも知れない。登場人物の輪郭がとてもくっきりしてるのも一因のようだ。舞台と時間と登場人物。それらのいずれもが濃い色で描かれている気がした。
主要の登場人物のほとんどがかなりなインテリに属すると思う。彼らは認識や世界観や子供の心のあり方などについて談義を繰り広げそれにかなりのページが割かれている。そういう言葉が通用する場だけに閉じこもっている印象ができそうだけど案外そうでもないのも、自然に向かって開かれた描写のせいのように思われる。そこでバランスがとられている。
もうひとつ思ったのは「僕」が作者の等身大にかなり近いんじゃないかということだ。たとえば鎌倉という場所に対する、記憶の積み重ねまで含み込んだ「僕」の感受の仕方は、作者の実際ととても近いと見なさなければこの作品はうまく読めなくなる気がする。
それから「僕」の周囲の人が「僕」の息子に向ける気遣いだけど、これはちょっと濃やか過ぎる。嘘とまでは言わないけど願望なんじゃないかと思った。