指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

ズボンを買いに。

新美南吉の「てぶくろをかいに」は童話の中でもかなり好きな作品だ。何より子ぎつねがいたいけだ。帽子屋のおじさんも決してすごく優しいわけではないけれど、物語を進める上で必要にして充分な気づかいを見せ、それがとてもいい感じで子ぎつねを包み込むことになっている。でもよく考えると、母ぎつねも子ぎつねも描かれているよりはるかに強い不安や恐怖を感じながら物語を通り過ぎたに違いない、という気がする。
という枕で何を言いたいかと言うと、買い物が苦手だということだ。家人に外回りの途中での買い物を頼まれたりすると、それだけで外出するのが憂鬱になる。正に自分が子ぎつねで、先方がこわい人間であるかのような心持ちだ。
先のことをよく考えるとどうしても必要になることがはっきりしているので、今日はズボンを買いに行った。ズボンという呼称もどうかと思うけど、他のどれもしっくり来ないのでこれで行く。
試着する際、うろ覚えの自分のサイズを言って持って来てもらったら、ウェストのボタンがはるかに留まらない上に、太ももが競輪選手のユニフォームのようにぱつんぱつんだった。鏡に映る自分の姿はさながらマンボ・ダンサーみたいだ。ひとつ上のサイズでも駄目で、結局二つ上のサイズしか入らなくてこれには結構へこんだ。しかもお店のお姉さんがさりげなく断れない持って行き方で買いたいのより微妙に高価なのを勧める。どうせ二本買うのだからと、一本は彼女のお勧めに従って高いのを買い採寸も済ませた後、やれやれといった感じの彼女に、さっきのをもう一度試着したいんですけど、と言ってもともと欲しかったのをもう一度持ってきてもらった。採寸してもらいそちらも買った。
高い方を勧める悪い店員に、もう一着試したいと言って安いのも持ってこさせた。僕としてはそういうのが快挙なわけだ。若い頃はそんなこと絶対できなかった。僕だっていつまでもおつかいに行く子ぎつねではない。でも結局彼女に二着のズボンを発注した自分は、やはり子ぎつねほどの度胸すら持ち合わせていないのではないだろうか。そんな気がする。