- 作者: 銀林みのる
- 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
- 発売日: 2007/09/21
- メディア: 文庫
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「鉄塔武蔵野線」について前回触れたとき、子供たちの夏休みの自由研究程度の作品だという風に読み方によっては受け取られかねないことを書いてしまったが、これはそういうことが言いたかったのではなく自由研究を彷彿とさせるといったほどの意味で、実際にはすごくおもしろく読んでいた。読む前には鉄塔を電線沿いにひとつひとつ追いかけるうちに感覚が狂うとか体力が消耗するとかの理由で何らかの異世界へ滑り込む話かと思われていた。しかしそうではなくてそういう形での異世界はおそらく最後まで現れなかったと言っていい。むしろ偏愛的な愛着によって鉄塔を世界の中心に据えてしまうと地続きのまま世界が見慣れない姿に変容してしまう、そうした変容を受けた後の世界像がファンタジーの手応えを与えることになっている。最後のリムジンに乗った紳士が現れてから後は繰り返しそれが異世界であることが暗示され入眠幻覚とか夢とかの領域に入っている(実際紳士の出現の直前に、語り手は眠気を感じている。)と受け取るのが自然な気がするが、それまではファンタジックな事件などひとつも起こらない。でもとても品のいいファンタジーとして仕上がっているのは、鉄塔の力で変容を受けた見慣れない世界像のせいだと思われる。
鉄塔に世界を変えるほどの力を与えるのは、筋金入りの鉄塔マニアとしての作者の観察力や研究成果だ。もうひとつあってそれは作者が採用した文体だ。あちこちに異化された言葉がちりばめられそのひとつひとつを味わい楽しみながら読み進めることができた。
豊富な写真についてはその意図を作者自身が語っているが、個人的には最後の方は写真を確認するのがただのルーティン・ワークのようになってしまったことだけは白状しておきたい。僕はきっと鉄塔の見えない人間なのだ。