指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

ぼうやへの言葉。

俺の考えではこれからお前にする話はお前をきっと傷つける。でもそれはお前がどうしても通り過ぎなければならない道だ。だから最後まできちんと聞いてくれ。
この会社にいる社員の半数は二十年以上この会社で働いている。その他にお前の先輩には十五年働いている人と十年弱働いている人がいる。みんなそれぞれに専門的な仕事をこなしている。ただ長い間同じスタッフで試行錯誤してきたので、ひとりひとりのスキルがあくまでこの会社の仕事をこなすにはという意味でだがすごく高くなってしまった。だからみんなの仕事ぶりにはとても着いて行けないとお前が判断するのにも五分の理くらいはある。でも、みんなはお前にひたすらここまでおいでと言うことしかできない。お前に何かを教えてくれる人は皆お前に早くここまで来いと思っている。もちろん個性とかひとりひとりの考えとかいう細かい問題もあるけどすごく簡略化するとそういうことになる。
ひと言で言うと、みんなのこの姿勢に対してお前に圧倒的に足りないのは謙虚さだ。たとえばお前は誰かから何か言われたりからかわれたりするとよくいじめだと冗談めかして言う。でもそれはいじめではない。みんながお前にとって少しだけ高いハードルを提示しているだけだ。お前はそれをいじめだと解釈する。いじめである限り悪いのはいじめる側でいじめられる自分は少しも悪くない。傷つかなくていい。お前の理路はそうだ。お前がよく言い訳するのも同じ理路を通って行きたいからだ。言い訳することで自分の判断やふるまいはあたかも不可抗力のものであるかのように自分にとって正当化される。ここでもお前は少しも悪くない。傷つかなくていい。
でもお前が依然として全然仕事の役に立っていないのは事実だ。このままお前がいじめという言葉や言い訳に逃げるのなら、お前の学習能力をゼロと断じて会社として早めに手を打たねばならない。控えめに言ってもお前はうちの会社始まって以来最悪の人材ということになるからだ。
でも先ほど触れた十年弱うちで働くお前の先輩は、どうやってスキルを上げ今の会社の中でここまでの存在感を示すことができるようになったと思う?言うまでもなく彼が謙虚だからだ。何かができないときにはできなくてすいませんと思い、早くできるようになるよう努力したからだ。みんながさくさく仕事を進めて行くのに着いて行けないことを引け目に感じ言われたことは何でも学び取ろうという謙虚な姿勢を堅持したからだ。
そこが俺の考えでは彼とお前との一番の違いだ。頭の善し悪しや要領の善し悪しは一朝一夕ではどうにもならないかも知れない。でも謙虚さというのは心がけなので今日からでも何とかできるかも知れない。とりあえずいじめと言うことと言い訳をすることを今日からやめてみたらどうだろう?