指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

原因。その1

今週小学校の担任の先生との面談があって家人に頼まれて僕が行って来た。子供の良いところと悪いところがきちんと聞ければいいと思っていた。良い、と思われたところは、先生の問いかけに対するレスポンスが良くて頭の回転が速いことを伺わせるところ、人を笑わせるのが好きで明るくクラスのムードメイカーであるところなどだった。頭の回転が速いかどうかは自分の子供ひとりとしか接していない限り比較対象が無くわからない。だから思いがけずそんな風に言っていただいてうれしかった。明るいところは日頃からお笑い番組が好きだったり、なんだか知らないけどちょっと度の外れた楽天家であることなどで少しだけ察しがついていた。どちらかと言えば静かで内向的な両親からこんな子が生まれるとはいったい誰に似たんだと疑問なほどだ。
悪いところはまあ他にもあるんだろうけど最大のものが片付けができないことと、忘れ物をすることだった。これはうちでも小学校に入ってすぐに気づいて、何度も叱ったり言い聞かせたりして来た。筆箱の中の鉛筆がいつの間にか一本だけになっている、消しゴムは数週間毎になくす、色鉛筆は気づいたら半分に減っている。せっかくやった宿題のプリントを忘れて行く、持って行っても提出しない、週末に持ち帰る体操服や上履きやかっぽう着などを忘れて来る。これらのすべてをきちんとクリアした週はまだ一週もないほどだ。落ち着きが無く注意力が散漫なのだろうと考えられた。
でもこの点について先生の解釈は少し違っていて、やらなきゃいけないということを本人は比較的わかっているとおっしゃった。でもできない。わかっているのにできない。ではその原因は何だ。うちの育て方の問題でしょうか、と尋ねるとそういうことではないとの答え。じゃ何が原因なんだ?でもその答えは先生からは伺えずにとにかくどう対処して行くかということを聞かされた。それでも一学期から見れば少しはマシになっているのだから、と。
帰って来てからどうしてもその原因を突き止めたいと思った。原因がわかればそれを取り除くことでなんとかできるんじゃないかと。それでいろいろ思いめぐらしていると、やはり先生の見解、わかっているけどできない、というのがとても引っかかってきた。そこには自分が気づいていない盲点が隠されているような気がした。わかっているけどできないのは、別にやらなくてもいいと考えているからじゃないのか。今まで注意力とか落ち着きとか、何かが足りないことを問題にしていたけど、そうではなくて、子供の無意識に別にやらなくていいんだという何かが付け加わっているために今の子供があるのではないか。では、別に片付けなくてもいいんだという考え方、あるいは無意識の構えのようなものを積極的に子供に体験させる何かがこれまでにあったか。
あったんだね、これが。