指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

自己肯定感。

 自己肯定感の強そうな人より自分は間違ってるかも知れないと考えがちな人の方に好感を持つ。常に後者でありたいと望むし実際前者よりは後者寄りに生きてきたと思う。自己肯定の逆の自己否定という言葉もとても好きだ。だって自己を否定しなければほとんどどんな場面でも世界の実像に迫っては行けないから。世界を自分の思うがままに解釈したい自分から世界の実情にどこまでも肉薄したい自分にシフトしたいと望むなら手段は絶えざる自己否定しかない。誤解のないように言い換えると自己否定というのは突き詰めれば死への意志に行き着くようなおどろおどろしいものではない。もっとずっとささいなことだ。今の僕で言うならたとえばスイム九百メートルでつらくてやめたい自分を否定して千メートルまで泳ぐ。とかそういうのがここで言う自己否定だ。簡単に言うと現状でよしとする自分を許さないということになるんだろうか。でも最近気づいたんだけど運動というのは自己肯定感を高める。たとえば千メートル泳いでプールから上がったときは気分としては「この人を見よ」というくらいオラついてる。ただこのオラついてる自分はあまり好きではないな。結論が出ないまま明日も泳ぐ。
 書き忘れてた。今日のスイムは26分42秒で千。ただ止めたつもりのアップルウォッチが何秒かカウントを続けてたのでもう少し短いタイムだったはず。