指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

でもね、人生って誰か一人を愛することよりずっと大きいんだと思う。

夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫) カズオ・イシグロ土屋政雄訳 「夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」
イシグロの短編を読むのは初めてだったけどものすごくよかった。「降っても晴れても」では大笑いさせられてそれもイシグロの作品では初めてのことだった。
五つの短編すべてに音楽と夕暮れが共有されているのはタイトルからも明らかだけど、音楽は才能を、夕暮れは結婚生活をそれぞれ象徴しているんじゃないかという気がする。夕暮れが結婚生活を象徴するのはここに出て来る五つの結婚生活のいずれもが危機に瀕しているからだ。
才能と結婚生活は少なくともこの作品集の中では対立するものと考えられているようだ。才能というのは個人のものだし、結婚生活はふたりのものだからだ。個人が自分の才能にどこまでも忠実であろうとすれば愛のために割く労力は犠牲にされるだろう。逆にふたりが愛の維持を最優先に考えれば才能を磨く手つきが鈍る。僕などなんの才能も無いけれど、それでもこれが結婚生活に必ずつきまとう構造であることは身に沁みて知っている。もっと卑近に言い換えれば、仕事と私とどっちが大切なのということになる。
このような見取り図を共有しながらそれぞれの登場人物たちの細かい、でも切実な事情を含み込んだそれぞれのお話が展開する。個人的には一編目と二編目のちょっと打算的な愛のあり方に違和感を覚えたり、要するに結婚生活をより大切にする立場としての読後感となった。(だって繰り返すけどなんの才能も無いんだから仕方ない。)
その中でひとつだけひどくこたえたのが今日のタイトルにしたこの台詞だった。