指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

太陽の塔が突き破る。

太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)

森見登美彦さんの作品を読んでみようと思ったのは少し前に読売新聞でインタビュー記事を読んだのがきっかけだ。詳しくは忘れてしまったがこの人の作品ならおもしろいに違いないと印象される内容だった。廉価版を探したら「太陽の塔」が見つかった。日本ファンタジーノベル大賞を受賞していた。
でも読みながらこれのどこがファンタジーなんだろうと考えていた。ちょっと風変わりな青春小説ではいけないのか、と。それが最後まで読み終わるとなるほど確かにファンタジーだったと思えた。太陽の塔のせいだ。太陽の塔が何かファンタジックなものを象徴しているのか。僕にはその逆のように思えた。太陽の塔と、塔にきっちり結びつけられた水尾さんの思い出だけが主人公にとっての現実なのだ。その圧倒的な存在感の前では主人公の送る日常の方がファンタジーへと押しやられてしまう。主人公の地上から30センチほど浮いているような生活実感を太陽の塔が易々と突き破り、ファンタジーと現実の落差をつくり出している。
解説で本上まなみさんが触れているようにこの文体にはどこか北杜夫さんを思わせるところがある。僕には「どくとるマンボウ青春記」が思い出された。京都大学ほど知的ではないにせよ僕も在京の私大へ通いながら知性を夢見たことがある。そのとき旧制高校の思い出を綴った「どくとるマンボウ青春記」を繰り返し読んで憧れた。おそらく北さんも「太陽の塔」の主人公も僕もファンタジーの中にいた。それが間違いだと気づいたとき目の前には太陽の塔が立っている。そういうことになると思う。