指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

折れた梯子。

ナイフ投げ師

ナイフ投げ師

以前「ミルハウザーの梯子」というエントリでミルハウザーの小説のリアリティーが自分にはどういうものに見えるかということについて触れた。そのたとえで言うと本書に収録されている作品の多くでは梯子が折れてしまっているように思われた。比喩だけでものを語るのは危険だということを充分に念頭に置いたつもりで先を続けると、折れているように思われた理由はこの梯子が絶えざる補強を施していないとすぐに使い物にならなくなる華奢なものなのかも知れないということだ。たとえば本書中のいくつかの作品はこれまでのミルハウザーの作品にひどく似通った印象を与えるが、前と同じ強度の梯子を使って似通った題材を語ると梯子自体がひどく頼りないものに思えてしまう。足をかけただけでみしみしと音を立て作品の最後まで辿り着く頃には砕け散ってしまい、地に足のつかないリアリティーだけが宙にぽっかり浮かんでいるような読後感を与える。新鮮な梯子、見たことのない梯子、でもミルハウザーにしか誂えられない梯子、とでも言うべきものが必要だった。
以上をまぬがれていると思われた作品は、「ある訪問」、「出口」、「月の光」の三編だった。中でも「出口」がよかったが、これはミルハウザーの作品でなくてもいいような、うまく言えないけどゴーゴリとかが書いていてもいいようなそんな気がした。