指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

ケータイ前夜。

夜

作中に携帯電話が一般的でなかった頃には、というような表現があって、なるほどと思った。携帯電話が普及したことによってコミュニケーションの質と量とが劇的に変化したことが示唆されている。行き違いとかもどかしさとかが恋愛や不倫や結婚生活には不可欠だったのに、大文字のそれらはおおかた解消してしまい、もっと小規模でしかしそれだけでなくどう考えても質そのものが変わってしまったとしか思えない、小文字の行き違いやもどかしさが充満する事態を携帯電話が用意した。個人的な乏しい知見では、ケータイ普及後の恋愛や不倫や結婚生活の困難を本格的に描いた作品にはお目にかかっていない気がする。作者もそこまでは踏み込んでいず、本作ではまだケータイ前夜の段階を描くに留まっている。でももちろん作者はそれを自覚している訳で、この後いつかケータイ普及後を描いた作品が読めることを期待している。そこに何があるか、自分では考えてみようともせずの他力本願ながら知りたいと思う。
橋本さんの文体は、やはり俗っぽくて自在でちょっと古めかしい感じがする。一見どうしてこれが読めるものになるのか不可解なところもこれまでと同じだ。そしてやっぱり夏目漱石を連想させる。今度時間をかけてその謎を考えてみたい。