- 作者: 森見登美彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/06/27
- メディア: 文庫
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これはもしかしたらすごく間違っているかも知れないので小さなつぶやき程度に読んでいただけるとうれしいんだけど、「太陽の塔」や「新釈・走れメロス」などいくつかの作品に表れている空気は、大学に通った経験が無いとわかりづらいのではないかと思って来た。打ち込もうと思えばいくらでも打ち込めるし、さぼろうと思えばいくらでもさぼれる、時間の使い方の幅と可能性の幅がとてつもなく広い状況の中で、いつかツケを支払わされることになるのをぼんやり予感しながらさぼれるだけさぼっているときのあの独特の感じが、すごくうまく描かれている気がするからだ。だから大学でさぼらなかった人には伝わらないかと言うとおそらくそうではなくて、さぼろうと思えばさぼれるという可能性が共有されれば伝わるんじゃないかという気がする。もうひとつ登場人物のどこかに知への憧れとか畏敬の念とかがあって、個人的にはそういうのも大学時代に特有のものだったので懐かしさを感じる。
このことは文体からも読み取ることができるような気がする。この観点で作品を読み直した訳ではないので不確かだけど、それをたとえば「ジョニー」に象徴させてみる。「ジョニー」の存在を受け入れることのできる文体が、大学生活の空気をうまく取り込むことに成功した文体だと言ってみると、自分なりにはそれほど間違っていないんじゃないかという気がして来る。あくまで自分なりには、ということだけど。
「きつねのはなし」は三作目にして初めて作者が「ジョニー」のいない世界を描いた作品になると思う。「ノルウェイの森」がリアリズムによる作品なら「きつねのはなし」もリアリズムによる作品ということになる。そう言えば「きつねのはなし」の四編のどこかに、永沢さんとハツミさんの姿を見かけた気もする。