指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

秋は吉祥寺。または、すばらしき朝食。

秋になると吉祥寺に行きたくなる。
二十代の頃は荻窪に住んでいたので二駅先の吉祥寺にはよく行った。買い物にも行ったし井の頭公園の隣にある自然文化園が何しろ気に入っていて秋になると落ち葉を踏みしめながら歩いた。その頃の友だちのひとりG君はなんて言うか大変エキセントリックで、アルゼンチンからの帰国子女でお父さんは東大出じゃなかったかと思うけどその影響か他の人が知らないようなことをいろいろよく知っていて、パーツを買って来ては自分で自転車を組みコンピューターと紅茶にとても詳しかった。行きつけの喫茶店でお茶を飲みながらよく話をした。一度だけだと思うけど彼と紅茶がおいしいと言う吉祥寺の多奈加亭に行った。それ以降行かなかった。なぜ行かなかったのだろう?そして今年になって秋の吉祥寺を思ったときなぜ急に多奈加亭に行きたくなったのだろう?30年は経っていてその間特に行こうと思ったことは無かったのに。
でもとにかくそれだけの背景を持って家人と共に多奈加亭に行くことにした。お店に着くと記憶とは全然異なったたたずまいでドアを開けて中に入っても全く見覚えが無かった。でもとにかくいい雰囲気のお店だ。朝食を食べてなかったので多奈加亭サンドと、家人はセイロンを僕はダージリンを頼んだ。出されたダージリンティーはさらりとしていてとても香りが高くおいしかった。それは頭の中にある記憶が封じ込められた箱のようなものの鍵をかちりと開けてくれた。不意にあふれ出した記憶を残すところなく味わうために少しの間目をつぶっていなければならなかった。二十代始めだったその頃僕にはいろいろな憧れがあった。いいシャツにいいズボン、いいジャケットにいい靴を身につけて、おいしいお茶を飲みに行くというのもそのうちのひとつで、これは前述のG君の記憶と切り離すことができない。その大本はシャーロック・ホームズだったと思う。ブリティッシュトラッドにはなかなか手が出せなかったので、僕らはブルックス・ブラザーズとかJプレスとかニューヨーカーとかリーガルとかに身を包み、ポール・スチュワートのツイードのジャケットの裾をなびかせながら銀座のティールームでお茶を飲んだ。フォーションとかフォートナム・アンド・メイソンとかロイヤル・コペンハーゲンとかそういうことを知った時代でもあった。要するにそれが、僕たちのささやかなバブルということかも知れない。でもそれは本当に輝かしい経験だった。バブルが去り、勤め人となって、結婚し、子供ができ、そうした輝きは急速に薄れて行く。今では靴を除いて上から下まで下着まで含めてすべてユニクロという日が普通になってしまった。自分の身なりにお金をかけている余裕なんて無い。以前はトワイニングズのヴィンテージ・ダージリンが好きで、ポット替わりにコーヒーサーバーを使って茶葉からお茶を入れてお気に入りのカップで飲んでいたのに、お茶なんて結婚してから一度も入れていない。茶葉も買わない。
再び目を開けたとき決心した。またおいしいお茶を入れて飲む習慣を持とうと。それからもう少し仕事が増えたらせめて上から下まで一セット、ユニクロをまったく身につけなくて済む服を用意しようと。Jプレスのボタンダウンとニューヨーカーのチノパン、ラルフ・ローレンのベルトにブルックス・ブラザーズのブレザーを着て、同じくブルックス・ブラザーズの、バーゲンで買ってからもう何年も経つけど数えるほどしか腕を通していないダッフルコートを合わせ、リーガルのローファーかクラークスのワラビーブーツをはこう。そうしてもう一度多奈加亭のすばらしくおいしいサンドイッチと紅茶の朝食を食べに行こう。読書に続いて紅茶。僕はこの秋いろいろなものを取り戻しつつある。