指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

予算達成。

会社は6月が決算で7月から新年度が始まった。7月の予算達成に続き8月はわずかに予算割れしたが9月は月末の何日かを残して余裕で達成できることがわかった。夏の間相次いで行われたイベントがいずれも大盛況で皮算用をしていたところ、9月にそれらの売り上げがまとめて計上できたことが大きかった。これほど日にちの余裕を持ったクリアは予算が導入されて20ヶ月で初めてのことだ。
それで今週は昨日までの三日間ばかり初めて味わう独特な気分に会社中が包まれていた。営業は一軒でも多く回って今月に計上できる売り上げを取って来る必要がなかった。むしろ取って来た仕事は来月の売り上げに繰り越された。経理は日々積み上がる今月の売り上げをにらみながら、返品によるマイナスをどこまで計上しどこからを来月に回すかという後ろ向きな判断をする必要がなかった。うちの取引の規模から言ってひっくり返すのはまず無理な額が売り上げとして積み上がっているので、とりあえず月末までに届いた返品をすべて計上してしまえばよかった。9月の売り上げはヘラクレスみたいにマッチョでタフだ。今の内彼にできる限りの負荷を負わせればその分10月が楽になるのだ。
これまで予算が達成できそうもなければ尚更のことだが結果的に達成できた月でも、月末の最後の最後まで売り上げを積み上げることをやめる訳には行かなかった。それは確かにスリリングなゲームみたいな側面を持った作業だったが、同時に大変プレッシャーのかかる作業でもあった。そのプレッシャーは見えない手の平となってこの20ヶ月間片時も力を緩めぬ執拗さで僕らの頭を押さえつけて来た。そして20ヶ月ぶりに三日間だけだけど僕らはその手のひらから解放された。それは本当にすばらしいことだった。20ヶ月の戦闘の後の三日間の休戦協定。うーん、どんな比喩でも言い表せそうにない。
独特な気分に会社中が包まれていたと書いたが、それは本当は正確ではない。普段予算に苦しんでいれば苦しんでいるほどこの特別な三日間の意味がしみじみと身にしみる仕掛けになっている。だから予算のことなど気にしていない人には、この月末も単なる普通の三日間にしか感じられなかったに違いない。若干ざまあみろという気がしないでもないが、どちらが損かと言えばもちろん僕たちの方だ。そのせいかどうか、昇給が決まった。