指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

土曜日の夜の電話。

いつの頃からか土曜日の夜は決まってこちらから僕の両親に電話をかけ子供と話してもらうようになった。両親も喜ぶし子供もこの電話を楽しみにしている。早く食べちゃわないと電話できないぞと言うと遊びを放り出して夕食の席におとなしくつくほどだ。電話の間は夫婦で寝室に引き取りめいめい本を読んだりしている。だから彼らが毎週何を話しているのかは知らない。
今夜もそうしていると、壁越しに聞こえてきていた子供の声がやみひどく静かになったことに気づいた。ひそひそ話でも始めたのだろうかと思いながら本の区切りがつくまでしばらくほっといたが、いつまで待っても何も聞こえてこない。それで見に行ったら子供は受話器を手にしたままカーペットの上で眠り込んでいた。電話の途中で眠ってしまったのだ。すでに切れてるだろうと思いながら受話器に耳を当てもしもしと言うと、すぐに父親の声が聞こえてきた。子供の声が聞こえなくなって十分以上は経ったように思われたが、その間父親は電話を切りもしないで子供の寝息に耳を傾けていたらしい。かわいそうだからそのまま寝かせてやっておいてくれ、と言って父親は電話を切った。
孫の寝息を聞くのが心地よかったのか、どうしたものかと手をこまねいていたのか、それはわからない。でも父親は孫との電話を自分の方から切ることだけはできなかったと見える。たとえ相手が眠ってしまっても。