指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

物語の連なり。

灯台守の話

灯台守の話

さくらんぼの性は」は名前は知ってるけど読んでない。だから作者に対してはほぼ無知の状態で読む作品となった。

一行目から持っていかれる感じ *1

続く二行目もすばらしい。つか初めのパラグラフ全体が一気に物語の中心に読者を連れ去る勢いと切れとを持っている。のみならず主人公についての主人公による語りの位相では常にこの勢いと切れとがキープされていてそれがすごく心地よい。言葉がドミノ倒しのスピード感でぱたぱたと音を立てながら繰り出される。予想もつかない方向へと言葉が異化されるのもドミノ倒しを連想させる。ケープ・ラスに立つ灯台をめぐる比較的新しい物語がそこでは地上にこぼれ落ち固定されて行く。シルバーとピューの物語。
そしてもうひとつ同じ灯台をめぐるもう少し古層の物語が織り込まれている。失われた愛の物語。実在したジキルとハイドの物語。それは実際にロバート・ルイス・スティーヴンソンにインスピレーションを与えたかのようだ。それは悲劇として終わる。あるいは終わらないままに続いて行く。それがバベル・ダークの物語だ。個人的には性にまつわるふたつのエピソードで彼の悲惨な境遇に哀れを誘われた。ひとつはソルツでの妻との無惨な性交に関する記述、もうひとつは化石を発見する際その岩の裂け目から失われた恋人の性器を連想するシーン。何かもう理屈抜きですごくよくわかった。
ふたつの物語を貫くのは時間の法則に逆らいどこにでも存在することのできる灯台守のピューだ。何代かにわたる物語の語り手を一手に引き受ける彼が物語を語りつつ物語の語り方をシルバーに教える。そして灯台を後にした後も物語の光と愛でシルバーを導く。それは新しい別の物語だ。でも本当は新しい別の物語なんてない。すべての物語は時間を超えてつながっているからだ。

*1:id:asxさんによります。この表現がなければこの本を読もうとは思わなかった気がします。それほど重要だったので引用させていただきました。