指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

理由。

君たちの学年で君は明らかにいちばん優秀な生徒だった。勉強ばかりでなく情緒の面でも他の子たちよりしっかりした何かを持っていた。そういう生徒と話すのは楽しかった。他の子たちと話すより少しだけ複雑なことについて話しかけたりそれに対する君の反応を見て満足したりしていた。だから君が塾をやめることになったとき僕はとても混乱した。君自身の意志ではないように思われたしそれが正しければ君は傷ついているはずだったしもしそうなら君を助けたいと思った。でも僕には何もできなかった。その後やめる理由についての説明も君のお母さんから受けたけど到底納得できる内容ではなかった。だから僕には今でも君が塾をやめた本当の理由がわからない。あるいは君は君の意志で塾をやめたのだとしか考えることができず僕としてはそれを認めたくないというだけのことかも知れない。
それから四ヶ月経って不意に君は塾に戻って来ることになった。その本当の理由はまたしても不明のままだ。会わなかった四ヶ月で少しだけ、でも不可逆的に大人びた顔を手に入れた君は以前とまるで同じように先生飴もらっていいですかと僕に話しかける。心の中でちょっと遠巻きに君を眺めながらいつまた君が目の前からいなくなってもダメージを受けない心構えをしている。年を追う毎に少しずつ臆病者になって行く。