指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

アイリーン・ドナン城。

 ウィンドウズがスリープから復帰するときに何日毎かの入れ替わりで写真が表示される。風景写真が多くて今はお城の写真だ。美しい城だなあどこの城なんだろと思って詳細を見るとアイリーン・ドナン城という名前が出てくる。なんだ行ったことあるじゃん。卒業旅行でイギリスへ行ったときに訪れた城だった。すごく美しかったという記憶だけあって実際の風景はもう覚えていない。こんなに長い石橋を渡って行ったんだろうか。卒業旅行にイギリスを選んだのは結果的にはホームズのベーカー街221Bのアパートメントを訪ねるのが本当の目的だったと最後にそこへ行ってみて思い知ることになった。その外壁に貼られた小さなプレートを目にしただけでもう涙が止まらなかったから。でも表向きの目的(まあ裏も表もない訳だけど。)はお城巡りということでそんなテーマでもないともともとが出不精なのでロンドンのベッドアンドブレックファーストの一室で予定の二週間を過ごしかねないと思ったからだった。それでもう詳しくは忘れたけどエディンバラ城とかネス湖の脇の壊れ果てたお城はなんて言ったっけアーカート城か。そことか今度崩御されたエリザベス二世が埋葬される予定のウィンザー城とかいくつかのお城へ行った。自分としてはなかなかいいテーマだと思ったし実際それがなければわざわざ寝台車に乗ってスコットランドくんだりまで足を伸ばすこともなかっただろう。その中でもいちばん美しいと思ったのがこのアイリーン・ドナン城だった。弱い雨の降る寒い日だった。確か内部は公開されてなくてお城の外側にある一室だけがスーベニア・ショップになっていた。入って行くとお店のおねえさんだかおばさんだかがショットグラスに入ったブランデーみたいな甘いアルコールを振る舞ってくれた。そこで城のモノクロのイラストの入った小皿をひとつ買った。大切に持ち帰ってその後勤め始めた会社で灰皿代わりに使ってたら毎朝それを洗ってくれるバイトの女の子に割られてしまった。でもまあ行きがかり上腹を立てる訳にも行かない。灰皿なんて自分で洗えと今なら言われそうだし。でもちょっと惜しいことをした。あの旅行からおみやげとして持ち帰ったものはすべてに愛着があるから。来年はもう還暦だしそもそも旅行なんかする余裕は金銭的にも時間的にもないから再びそこを訪れることもなさそうだ。ただパソコンの画面に立ち上がるアイリーン・ドナン城の画像を見る度にここにかつて自分がいたことがあるんだなといささか感慨深く思うだけだ。