指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

秋の気配。

オフコースの古い曲が好きだ(もっともオフコースの新しい曲なんてないけど。)。秋の初めになると決まってこの曲を思い出す。そして時にはとても切ない気持ちになる。この曲に封じ込められているような思いを、自分もかつてしたことがあるからだ。
こんなことは今までなかった 僕があなたから離れて行く
こんなことは今までなかった 別れの言葉を探している
僕の精一杯の優しさを あなたは受けとめるはずもない
サビの部分に当てはめられた歌詞は今でもはっきり憶えている。つか、頭から終わりまで一言一句間違わずに歌えるかな。最後まで歌えたら100万円という趣向の番組でこれが出たら、テッパンで100万円もらえるだろう。
あえてストーリー化すると、すごく好きな相手にこれまで熱心にしかも切なくアタックしてきたけど、どうやらもう自分が受け入れられないことは確かなようだ、ということになる。そして自分の方から相手に別れを告げることが考えられ始めている。その冷え冷えした感じを秋の気配という言葉で表しているとも言えそうだ(つか冷え冷えとしてるのはそれだけ盛り上がってる自分に対する、他ならぬ相手の態度かも知れない。)。この感じが僕にはかつてすごくよく伝わって来たし、今もその伝わってきたものをありありと思い出せる。結果的には徒労に終わったけど自分は充分に戦ったというねじれた達成感と、それとは矛盾するが別れの言葉を自分から切り出すときの未練でつくられた感情だ。
あともうひとつ重要な情緒が込められていて、それは相手に対する恨みに近いものだ。いや婉曲な言い方はよした方がいいかも知れない。相手に対する恨みだ。これだけやったのに何で受け入れてくれないんだという気持ち。これもおなかいっぱいになるまで味わった。ここまで来ると男の側もすでにきれい事では済まされない状態になっているような気がする。言葉の端々になじったり責めたりする口調が混ざっていないとは思えない。少なくとも僕はそうだった。
不倫でも援助交際でもいいんだけど、それが悲劇的な様相を帯びるのは帰りがけだ。本当に難しいのは不倫を解消して日常に戻ったり結婚を解消して不倫相手を選んだりすること、あるいは援助交際でむしばまれた自分の心を癒したりすることだからだ。この場合とりあえず行きがけの課題、男女が結ばれるという課題は難なくクリアされていることが前提となっている。でも「秋の気配」にあるのは行きがけの課題だ。結ばれる手前ですでに不可能となった恋愛だ。どちらが大変かということは一概には言えないと思う。でも僕は「秋の気配」と共にきつかった行きがけの課題をいつでも記憶に留めているし、だから不倫や援助交際のような帰りがけの課題が自分の身に降りかかるなんて想像するだけでもうたくさんだ。