指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

神町と路地。

シンセミア〈1〉 (朝日文庫)

シンセミア〈1〉 (朝日文庫)

シンセミア〈2〉 (朝日文庫)

シンセミア〈2〉 (朝日文庫)

シンセミア〈3〉 (朝日文庫)

シンセミア〈3〉 (朝日文庫)

シンセミア〈4〉 (朝日文庫)

シンセミア〈4〉 (朝日文庫)

うーん、この画像というのは横には並べられないのかな。
というわけで「シンセミア」文庫版の1から4までを読み終えた。複雑なお話を力でねじ伏せたような作品だった。登場人物も多く細部も緻密なのでうかうか読み進めるとこの人は誰で前に登場したとき何をしたのかわからなくなりそうなところを、人物設定が非常に上手になされていているためにそういう風にはならなかった。話の複雑さをまとめ上げる手さばきと類型的にならずに人物をうまく書き分ける手並みとが圧巻だった。
中上健次さんが何度も繰り返し描いた路地という被差別部落のことがやはり思い浮かんでしまう。中上さんは路地という場所の歴史性を盾にした物語を使って被差別部落を一気に聖なるものへと反転させてしまいたいモチーフを持っていたと思う。秋幸サーガや「千年の愉楽」を読むときの路地が熱く熱を発しているような印象はそこから来ている気がする。似たような熱を「シンセミア」の舞台である神町からも受け取ることができた。神町は明らかに路地を下敷きにしていると思われる。
ただ場所の聖性がそこに住む人物の聖性と直結してしまう路地と異なり、神町ではそこに住む人々は徹底的に卑俗だ。物語に追いつめられて苦悩する秋幸はそこにはいない。卑俗な人々が卑俗な利害をめぐって織りなす物語だ。そこでは中上さんの観念性がほとんど解体されており、長い作品の割には意外なほどの読みやすさにつながっている気がする。