指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

前作よりおもしろかった。

武士道セブンティーン (文春文庫) 誉田哲也著 「武士道セブンティーン」
店頭に文庫版が並んでいたのは知っていたけど前に貸してくれた人がまた貸してくれるんじゃないかと思って買わなかった。案の定その通りになった。
前作「武士道シックスティーン」もすごくおもしろかったけど本作はそれを上回ったと思う。おもしろい、と言うより、いい、と言った方が適切かも知れない。何がそんなによかったんだろうと自分でも不思議に思いながら手探りでこれを書いている。もっとも、手探りということならいつもそうだけど。
いつもの感じで書いても絶対にこの本のおもしろさには触れられない気がするんだけど、他に書き方も思いつかないのでとりあえず行ってみると、桐谷という道場主がこの作品の一方の倫理を代表している。それが武士道だ。主人公のひとり磯山はこの倫理の圏内にいる。もうひとりの主人公甲本は無意識にこの圏内にいるが作品が進むに連れてそのことが徐々に意識されて来る。もう一方の倫理を代表するのが黒岩だが甲本が現在属している世界ではこの黒岩の倫理が支配的となっている。その中でこそ、甲本は黒岩の倫理に違和感を覚えることを通して、自分が磯山側に親近していることに気づくことができた。その気づきの過程に説得力がある。これがまず一点。
さらに周囲と異なった倫理を持つことで、甲本は一種のヒロイズムを帯びることになる。これが黒岩に対する甲本の発言に魅力を与え、たった一行の台詞に胸が熱くなることが何度かあった。これもこの作品の重要な魅力だ。
まだある。剣風という言葉が使ってあるけど選手によって剣道のスタイルが異なる。そのスタイルの描写が巧みで大変わかりやすい。有能な解説者(たとえば野球で言えば野村元監督のような)が解説する試合を見ているみたいだ。
以上(まだあるかも知れないけど。)を上手に組み合わせることによってこの作品には独特のダイナミズムが与えられているように思われる。でも、本当に問題なのは文体に違いない。一人称を使い文体自体の個性をできるだけ消すことがうまく行っている、みたいなことをシックスティーンについては書いた気がするけど、本当にそういうことなんだろうか。今回もまた、そういう風に言うしか他に手がないんだけど。