指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

吉祥寺のこと。

吉祥寺について思い出したことがある。もう二十五年くらい前の就職活動中、ある出版社の選考試験を受けたところ志望者どうし何人かで意気投合してしばらく連絡を取り合っていたことがある。一度吉祥寺で飲んだのは女の子がひとり吉祥寺に住んでいたのと僕がふた駅先の荻窪に住んでいたからだと思う。たぶん僕を含めて男がふたり、女の子がふたりで飲んだはずだ。当時僕には彼女がいたし確かに彼らとは話が合っていたけど特に恋愛感情のようなものはなかった。出版社志望ということで割合まじめに本の話なんかしていた記憶がある。その晩は終電が無くなってしまって吉祥寺に住んでる女の子のアパートに全員泊めてもらった。彼女は彼氏とのことで何か真剣に悩んでいた。暴力をふるわれるという話を憶えている。もうひとりの女の子は妻子あるかなり年上の男と不倫しているという話をした。当時の僕には月の裏側の話のように聞こえた。
同じメンバーが僕のアパートに泊まりに来た記憶もあるがどうしてそうなったのかは憶えていない。終電が無くなったんだろうけど当時僕の部屋には風呂が無く季節は夏でエアコンを入れてもかなり不快な夜だった。もうひとりの男は早々と先に寝てしまった。女の子ふたりと暗い中で何を話し合っていたんだろう。
この一件の最後の記憶は吉祥寺に住む女の子から電話がかかって来て今晩訪ねて行っていいかと問われた日のことだ。彼氏とは結局別れた後だったと思う。構わないと言うと彼女はでかいバイクに乗ってやって来てそんな趣味があるとは知らなかったのでびっくりした。アパートの前にバイクを止めてもらいふたりで荻窪の駅前まで歩いて行ってタウンセブンで彼女が大丈夫と請け合うので少しだけビールを飲んで食事をした。帰りに教会通りの店の軒先に花火が置いてあるのを見て彼女が一緒に花火をしようと言い出した。それを買って近くの小さな公園で花火をしたところちょっといい雰囲気になりそうだったのでそれを避けようとしたのを憶えている。アパートまで帰って来るとどういう言い方だったか憶えていないが部屋に入れてくれという趣旨のことを彼女が言った。少しだけどビールも飲んでるしできれば休ませてあげたかったけど部屋に入れるのはなんかまずいような気がした。ふたりきりになるべきではない。それで部屋が片づいていないからという理由で断った。彼女は食い下がったけど僕は最後まで応じなかった。バイクに乗って彼女は帰った。
何ヶ月かして彼女からエアメールが届いた。ドイツに留学しているとあった。返事を書いたかどうかは憶えていない。