指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

村上春樹ライブラリーに村上RADIOコラボTシャツを着て行くべきか。

 今日午前中村上春樹ライブラリーに家人と一緒に行った。実は在学中と比べると今の方が大学に近い場所に住んでいて行こうと思えば割に手軽に行ける。でももちろん滅多に行かない。行く用事がないからだ。村上RADIOコラボTシャツを着て行くかどうか結構迷った。なんて言うかもしも同じのを着てる人がいたらそれはそれで気まずいかも知れないとかまたこれ着てきた人がいたよとスタッフさんに思われたらやだなとかそういうことを考えたからだ。でも最終的にもう年も年なんだし多少気まずくてもやでも構わないんじゃないかと開き直ってお気に入りの「ダンス・ダンス・ダンス」のTシャツを着て行くことにした。割に気温の低い日で短パンはやめにして普通のチノパンとスポーツサンダルを履いて行った。大学に着くと思いがけずすごく懐かしい気がした。道は意外に広く思ったよりずっと静かだ。コロナ禍のせいか学生さんたちの往来も少ない。正門は昔は階段だったような覚えがある。今は緩やかなスロープになっている。元の4号館がどこにあるかは事前に確認しておいた。でも思い違いをしていて結局配置図のお世話になった。おそらく在学中は一度も行ったことのない場所だ。我らが小汚い8号館は立て直されて昔の面影はもうなかった。昔のままだったら中に入ってみたかも知れない。入ったところで何も元通りになりはしないんだけど。決められた時間より20分ほど早く着いてしまったので写真を一枚撮った後少し離れたベンチに座って待つ。

 構内の佇まいはなんだかすごくいい感じだ。立派な立木たち重厚な作りの校舎そこかしこに設置された古いベンチ。素敵なところだなんて昔は一度も思ったことがなかった。でも今は何か心惹かれるものを感じる。同じ時間帯らしき予約者がぽつぽつ現れては建物の外観を写真に収めている。村上RADIOのコラボTシャツを身につけるような酔狂な人は僕ひとりみたいだ。時間になって入り口まで行くと並んでる人はほんの数人。手首での検温を受け少し待たされた後自動ドアをくぐって中に入る。おしゃれな足踏み式のアルコールのボトルで手を除菌しもうひとつ自動ドアをくぐって右手の受付のようなところへ。ここでスマホに来ている予約完了メールをチェックしてもらい入館証を渡される。

 それを首から下げて中を見回ることになる。入り口を入って正面が例の階段状本棚で地下一階に下りて行くことができる。この階段で家人が段差を見間違えて危うく転げ落ちそうになる。ブルータス誌の表紙で確認していただけるとわかりやすいかも知れない。向かって左側に比べて右側は一段抜かしになってる。この右側が結構段差があって僕の身長でも危うく転びかけたほどだ。けが人が出ないといいけど。これから行かれる方は要注意。地下はカフェ「橙子猫(ORANGE CAT)」と村上さんの書斎を再現した展示物がある。後者は中に入れなくて硝子越しに眺めるだけだ。カフェの隅には村上さんのお店「ピーターキャット」に置かれていたグランドピアノもある。カフェのレジの横にエレベーターがあってとりあえず上から下りて来ようという話になって乗り込む。地上五階ということだけどエレベーターのボタンは二階までしかアクティブになってない。つまり通常の展示は二階までということだ。でも二階は隈研吾さんの展示になっており個人的には建築とかにまるで興味がないので見る意味がない。早々に一階に下りる。一階は先に見たように受付とオーディオルームがある。古いジャズのアルバムが何枚か展示され中には「ピーターキャット」のスタンプの捺されたものがあってそれは近寄って写真を撮った。簡単なオーディオセットが置いてあり低いけど割にいい音でジャズが流れている。本棚の本を熱心に見てる人が多い。でもこれって村上さんご自身の選書じゃないんだよね?コーディネーターが他にいらっしゃると確かブルータス誌に書いてあった。だからいまいち興味が持てず。という訳で15分もすると大体見終わってしまう。時間は一時間半与えられているのでとりあえずカフェで何か飲むことにする。カウンターの中には女の子が三人いていずれも早稲田の学生さんということだ。皆さんとてもかわいくて感じがいい。そして「風の歌を聴け」の表紙がモノクロで印刷された新潮社の限定プレゼントのTシャツを揃いで着てる。「ダンス・ダンス・ダンス」のTシャツとは格の違いを見せつけられた気がして敗北感がハンパない。家人はアイスチャイラテを僕はジンジャーエールを注文。コーヒーがとてもいい香りを立ててたけどほら眠れなくなっちゃうから。座って飲みながらこの中にいる人でファンじゃないのは私だけねと家人が言うのでもうひとつあるよ作品を一冊も読んでないのもたぶん君だけだよと言ってふたりで割にげらげら笑う。カフェは採光もよく広々していてとても気持ちがいい。この建物の居心地の良さは明らかに入館者の人数を絞ってるところにあると思う。それは本当に大成功だ。ただ展示物が少なすぎるのが難だ。という訳で三十分で出てきてしまう。その後早稲田大学歴史館で早大出の漫画家さんの展示があるということで家人が見たいと言うので見る。そのミュージアムショップでスクールマフラーを見つけてしまった。12,800円。持ち合わせがなかったので諦めたけど冬が来る前に買いに行きたい。家人は二度と来ないかも知れないからと大隈講堂の写真を撮りそれから大隈庭園を少しだけ歩く。そして帰る。家人は村上さんの書斎の再現にショックを受けたようであれが最高の環境だとしたら自分は最低の環境にいると一応同業者らしいことを言う。あれだけいい環境だったらいくらでも書けそうだよねと。だって売り上げが違うんだからしょうがないだろと思うけど言わない。今日のタイトルに対する答えはカフェでショックを受けるので着て行くべきではないということになる。ただし「風の歌を聴け」Tシャツが当たった人はこの限りではない。