松本零士さんが亡くなった。もちろんいつかこの日が来ると思っていた。松本さんの名前を知ったのは小学校五年生のときだ。急性腎炎で入院中に父方のいとこが貸してくれたコミックの中に「男おいどん」の何巻目かが含まれていた。でもそれを気に入ったのかどうかは覚えていない。自分が普段読んでるものとあまりに違うので違和感があったような気もかすかにする。それから少し経って「宇宙戦艦ヤマト」の大ブームがあり「さらば宇宙戦艦ヤマト」があり「銀河鉄道999」があった。どれもすごく気に入り、と言うかその世界に頭のてっぺんまでどっぷりと浸かり混んで思春期に多大な影響を受けた。コミックは手に入る限り買った。何人かの小説家とひとりの批評家を別にすればそういう人は松本さんしかいないかも知れない。後年「さらば宇宙戦艦ヤマト」と劇場版「銀河鉄道999」を吉本隆明さんが賞賛してるのを読んでとてもうれしかったことを覚えている。「重層的な非決定へ」だったか。
前に書いたかも知れないけど僕がいちばん好きな松本さんの作品は「魔女天使」だ。これはSFに頼らない純粋なファンタジーでそこがとても気に入っている。たぶん僕はどの時点かでSFと袂を分かったんじゃないかという気がする。「銀河鉄道999」のテレビシリーズは欲しいと思わないけど宮崎駿さんが参加した「赤毛のアン」とか出崎統監督の「あしたのジョー2」とかはDVDボックスを持ってる。宮崎さんの作品も「風の谷のナウシカ」より「紅の豚」の方が好きだ。あ、でも「王立宇宙軍ーオネアミスの翼」はSFだけど大好きで今年に入って三回くらいは観てるな。まあこの作品は傑作中の傑作なので仕方ない。いずれにせよ話が飛んだ。
「魔女天使」のアニメ版を観たかったかと言うとそういう気はしない。松本さんの描く美形の女性はやはりアニメでは再現しづらいと思うからだ。メーテルにしたって劇場版での作画が辛うじて及第点なくらいではっきり言って劇場版のポスターに松本さん自身が描いた彼女の方がはるかに魅力的だ。テレビ版のメーテルについては言うに及ばない。彼女を美しいと思ったことは一度しかない。第11話「不定形惑星ヌルーバ」でこのときのメーテルは唯一魅力的な作画になっている。作画監督は石黒育さんという方。ただし石黒さんが999の作画監督をなさったのはこれ一話のみみたいだ。すごく残念なことに。
晩年は画力が衰えてしまってその絵を拝見するのがつらかった。でももちろん思春期の心を強く強く捉えて放さない作品をつくって下さったことで松本さんにはすごく感謝している。松本さんの作品がなければ僕の人生は今とは随分色合いの異なったものになっていたに違いない。そういう作家に出会えたことはやはりとても幸せなことだと思う。心よりご冥福をお祈りいたします。