指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

好きな女の子の不在に耐えるということ。

 女の子を好きになったら彼女が不在である時間に耐えなければならない。それが長いものであれ短いものであれ。個人的なことを言うなら海外に留学した彼女を待った経験がある。長距離恋愛で次にいつ会えるかわからない彼女を待った経験もある。そういうときには長い手紙やメールを書く。そして返事が来るのをひたすら待ちわびる。「ノルウェイの森」のワタナベ君のように。「街とその不確かな壁」でも語り手は彼女を待ち続ける。彼女はそのまま消えてしまい何十年も音沙汰がなくなるかも知れない。あるいはそばにいてくれても自分のことをある意味で拒絶し続けるかも知れない。でもいつか再会できることをいつか受け容れてもらえることを信じて待つしかない。行く宛ての知れない長い手紙を書き続けながら。考えてみれば待つというのはそれだけ普遍的な体験なのかも知れない。誰かを愛し始めたらそこから待つ行為が始まる。時間という壁に行く手を阻まれる。それは狂おしい時間だ。でもその時間の長さに耐えなければならない。でなければ彼女を諦めるしかない。ここにあるのはどこまでも諦めずに待ち続けたひとりの「私」の記録と言っていい。その誠実さその強さが彼を非凡な存在にしている。そしてその誠実さと強さが物語を密かに下支えしている。
 村上春樹さんのファンならいくつもの見慣れた光景をこの本の中に見出すに違いない。それは奇跡のように幸福なことではないだろうか。僕にはそう思えた。