指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

村上春樹さんの長編を読み返している。

 

 随分前に子供が貸してくれと言った「風の歌を聴け」が塾に置いてあるのを最近見つけてなんとなく手に取って読んでるうち村上さんの作品を読み返すのもいいなとふと思った。それで「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」と長編の刊行順に読み進めて今日「ノルウェイの森」を読み終えた。「羊をめぐる冒険」はあるブロガーさんのブログに触発されて最近読み返した記憶があったけど調べてみたらそれから十三年近くが経っていて例によって全然読んだ覚えのない文章が結構あって驚いた。それは「世界の終わり・・・」や「ノルウェイの森」もまったく同様だった。「世界の終わり・・・」は世界の終わりという場所をつくり出した人が誰なのかというすごく大きなオチを忘れていたし、「ノルウェイの森」では緑の両親との関係がかくもひどいものだったことをまったく意識していなかった。こんなにひどい親子関係なのに両親を献身的に看病した緑とその姉の姉妹は本当にすごいなと変な感心の仕方をした。それと直子なんだけど彼女を自殺に追いやったのはどう考えても主人公のワタナベであるように思われる。最近評論とか読まないので知らないんだけどもしかしたらそれって「ノルウェイの森」評としては常識に近いものかも知れない。キズキの自殺の直後から直子の症状は始まっていたとのレイコさんの指摘はあるものの、それが決定的となったのは直子が誕生日をワタナベと共に過ごしたあの夜であることはほぼ間違いないし、それは後の直子自身の言葉からも容易に推察できる。その後阿美寮に入ってから順調に回復しているように見えた彼女はワタナベからのアクセスが始まって以来症状を悪化させているように思えてならない。それは直子がワタナベの訪問や手紙をとても大切なものと位置づけていることと矛盾しない。彼女はワタナベを大切に思いながらある種の嗜好品に健康な人体が蝕まれるようにワタナベに蝕まれ混乱の度を深めて行ったように見える。ワタナベの手紙の内容もときに性急過ぎて、あんたは自分のことしか考えていないよ、と羊男に怒られそうだ。そう考えるとレイコさんが直子のことで自分を責めるなと何度かワタナベに言い聞かせる理由もよくわかる。ワタナベの手紙を直子と一緒に読んでいたレイコさんは、それが直子の症状にとってよくないものであることを意識してか無意識にか察していたのだ。ワタナベは途中で直子から緑へシフトしてしまったことのみが直子への罪でありその他のことは自分なりに直子への誠実さを貫いた結果だと考えている。でもワタナベの存在は最初から直子にとってマイナスだったと考えるとその方がはるかに納得が行く。今回初めてそのことに気づいた。
 「世界の終わり・・・」にも「ノルウェイの森」にも数カ所のドッグイヤーが見つかった。前者は結婚して以来一度も読んでないし、後者は通しでは数回、ところどころなら数え切れないほど読み返した覚えがあるけどそれは文庫版で、今回は文庫版が本棚に見つからなかったためハードカバーで読んだのでやはり二十年以上読み返してないと思う。それだけ前のものだとドッグイヤーした意図が我ながら全然わからなくなっている。ただ二ページにわたって同じ漢字を指し示している箇所がありその漢字は子供の名前のうちの一字だったのにはちょっと驚いた。もちろん偶然なんだけど鳥肌が立ったので家人にも教えたら意外なことに家人も不思議がっていた。