指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

深夜のライン。

 昨夜遅くバイトのグループラインに連絡が来た。シフト係の若造からだった。
 バイト先には特殊な掃除ロボットがあり遅番の人はその掃除ロボットのスイッチを入れて帰宅することになっている。タイマーが設定されてるから朝方には自動で止まるんだろう。翌朝早番の人はその掃除ロボットを倉庫に片付けるところから仕事を始める。僕も朝誰よりも早く職場に入ることが多いのでよく片付ける。結構重いけど慣れてしまえばなんということはない。実はこのロボットは昨年の今頃に故障してしまいそれから一年近く文字通り倉庫の隅に放っておかれていた。それが最近修理されたということでまた使われるようになった。ただし最近入った年配の(と言っても僕よりは年下の)バイトがその掃除ロボットに詳しくて使うなら中のフィルターを毎日掃除しなきゃならないとか言い出した。故障する一年前までほぼ毎日使ってて誰もそんなことしたことないけど。ただまあ早い話が掃除機なんだしそれはそうかも知れないくらいに考えてたら昨夜遅く来たラインでその年配君が実際にフィルターを掃除するところの動画が配信された。そして毎朝早番の人がその作業をすることになったという趣旨のメッセージが若造によって送られて来ていた。これを読んでむかっ腹が立ったのは日頃から若造にも年配君にも不信感を抱いてるからだろうと誰かから指摘されたとしても僕としては反論の余地がない。正にその通りだからだ。おおかた知ったかぶりの年配君が若造相手にどや顔でそのロボットの正しい使い方をレクチャーしあまつさえ実際にフィルター掃除を録画させてバイト全員に配信するようにそそのかしたんだろう。なので即座に(と言っても書き終えるまでにはそれなりに時間がかかった。)ラインを返し一年前に故障するまでは誰もそのロボットの掃除なんかしたことがなかったしその後は一年間まったく使わなくても業務になんの支障もなかった。それがなんで急に毎日フィルターの掃除をすることになったのか。指示を出すのは言葉だけだから簡単だけど現場は汗をかきながらそれに応えなければならない。それでなくとも現場の作業は大変なんだから指示を出すなら思いやりを持って出して欲しいと伝えた。返事はなかった。あまりたちのよくない学生バイトがふたりいいねを付けてくれただけだった。ただし本当に思いもかけず年配君から直でラインが来た。それにはこちらの言うことに百パー同意する。自分も他の人たちにフィルター掃除をして欲しいと思ってる訳ではなくそう若造に依頼したつもりもない。だから動画を配信された意図もよくわからない。自分としてはその作業をバイトに入ったときにひとりでやるつもりだった。要約するとそういうことになる。つまり徹頭徹尾弁解の文章で面倒なのでその詳細にとりあう気にはなれなかった。だからただこちらとしては安易に現場の仕事を増やして欲しくないという思いしかなくそこのところはわかって欲しいと返した。するとあなただけにでもこちらの言い分を理解してもらえてよかったと返事が来た。じゃあなんのために動画なんか撮影させたんだ?とかまあ疑問も残らないではないけどそれ以上疑ってもどうしようもない気がしたので話はそこで終わった。
 ところで本題はここからだ。朝になっても若造からはおろか誰からもこの件についてグループラインに発言がなかった。僕としては安易に現場の仕事を増やすことに抵抗する僕に賛同してくれるバイトがもうちょっといるんじゃないかと期待していたんだけど結局そのあまりたちのよくない学生バイトのふたり以外に反応はなかった。これには相当がっかりした。仲のよいまーさんやうっちゃんに対してさえがっかりした。それで昨夜の発言は削除することにして年配君と深夜までやりとりした結果思うところがあったので昨日の発言は削除すると書き込んだ。そしてどういうことなのかもう一度整理して考えてみた。それで最後に残った結論は僕はそのあまりたちのよくない学生バイトのふたりを支持するということだった。確かに彼らと一緒に仕事をするのはあまり楽しい体験とは言えない。頼りにならないしするべきことをしないので見ていてストレスが溜まるし客からのクレーム対象にもなりやすい。でもじゃあ昨夜の僕の発言に対してだんまりを決め込む人々とどっちの方がマシかと言えば僕の考えでは彼らふたりの方だということになる。社員の顔色ばかり覗って唯々諾々とその指示に従ってる人たちよりは社員に対する批判を展開する誰かに対しておもしろ半分だったとしても小さな賛同を示す者の方が僕にはずっと上等に思える。見る方向を少し変えて言い換えると自分にとって不快だったり不都合だったりするものがそのまま即座に世界全体にとって不快だったり不都合だったりするとは限らないということになると思う。もしも客観性というものが存在する余地があるとしたらそういうところにしかありえないんじゃないかという気がする。僕にとって不快な彼らふたりも僕の主観から離れて世界から眺めれば案外とても重要な何かなのかも知れない。その可能性に気づくこと。そしてその可能性を否定しないこと。
 今の仕事の特殊性に触れることなくこの一件について書き切ることができるかどうか自信がなかったけどまあまあうまく書けたようにも思えてそれは素直にうれしい。割に特殊な仕事なんでわかっちゃうと身バレにつながりそうだから。