指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

仕事について。

 家人が僕を送り出すときにたまに口にする言葉に無理しないでねというのがある。家人の言動に関してはほとんど異議を唱えないけどこの無理しないでねにだけは違和感を抱かざるを得ない。というのも仕事をするということは多かれ少なかれ無理をするということをその中に含んでいるからだ。体調が優れなかろうが疲れ切っていようが決められた時間内に決められた仕事をこなす。腰が痛くたって重いものを運ばねばならないこともあるし誰とも口なんかききたくなくたって挨拶と世間話くらいはしなければならないときもある。そうした細かいことまで含めてまったく無理せずに仕事をなさってる方いらっしゃいます?全然いないか極めて少数なんじゃないかと思う。
 それともうひとつ。仕事をするときに必ずしもすべての条件が揃ってるとは限らないということを肝に銘じておくべきだ。何かが足りなかったとしてもそれに文句を言ったところで始まらない。与えられた条件下でベストを尽くすより他に手はない。いやベストを尽くすだけじゃなく仕事はきちんと完遂しなければならない。昨日の夜シフトに入ったら僕の替わりに上がるバイトの学生さんから三時間半ふたり態勢でしたとかみつきそうな剣幕で言われた。前から書いてる通りこの仕事は三人で回すのが前提だ。でも人手が足りなければふたりになることもある。僕も混み合う日曜日の午前中五時間ふたりでシフトに入れられてくたくたに疲れたことがある。そればかりかベテランのグレートマザーまーさんと一緒のときは割に平気でふたりっきりでほっとかれる。お前らならふたりでもなんとかなるだろうと暗に言われてるみたいだ。そんなときまーさんは三人分の仕事をふたりでやるんだからひとり1.5人分の時給欲しいよねと冗談みたいに言う。でも僕としてはその意見に組する気もあまりない。なぜなら仕事というのはそういうものだからだ。だからその学生さんに対してはそれは大変でしたねと言ったけどふたり態勢にさせた責任者でもない他人に対してそんな風にかみつくのは間違ってるぜと思う。自分だけが苦労してるみたいに思ってたら思い上がりもはなはだしいぜとも思う。でも言わない。そういう奴のために何か教えてやるなんて金輪際ごめんだ。ちなみに僕なら笑い話みたいに言うだけだね。いやー三時間半ふたり態勢になっちゃって大変でしたよー。
 仕事についてこういう風に考えるようになったのはもちろんそれなりに苦労してきたせいもある。ただもう少し詳しく心の中をのぞき込むと結局こう考えた方が自分が楽だからじゃないかという気がする。不平や不満を言ってたって自分をより嫌な気持ちにさせるだけだ。だったらできるだけ気にしないようにする。しかるべき距離を保ってストレスをもろに喰らわないように身を守る。酒でも飲んで忘れてしまう。という訳で今夜もまたアルコールのお世話になる。