指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

レターパック。

 そのレターパックが郵便受けから出てきたとき初めはああそんな時期が来たかと思う。僕は友人が経営するクリニックのなんて言うか監査役みたいなものを頼まれてやってる。仕事は年に一回送られて来る書類に目を通し承認の証として実印を捺して返送することだけだ。友人はその際に必ずレターパックを使うのでレターパックと見れば反射的に彼からのものだと思う。でも違う。書かれてる宛先は折れ曲がった釘が並んでるのを思わせる彼独特の字体ではない。でも住所もここになってるし名前も僕宛だ。差出人を見るとその名前に覚えはない。誰だ?でも差出人の住所と中身の品名を見た瞬間に思い当たる。これは彼女からのレターパックだ。彼女の名前は初めて見る。でも僕にはそれが誰なのか瞬時にわかる。そうかこういう名前だったのかと思いながらもう一度読み返すと突然僕にはそれがひどく美しい名前であるように思われる。どうしてかはわからない。でも頭の中で何度か繰り返してみるとそれがとても美しい響きを持っていることがわかる。彼女はこれまでも僕にとって決して単なる記号に過ぎない訳ではなかった。パソコンを使って何度もやりとりしてるしそのブログも読んでるし彼女の置かれた状況というのもある程度は知っている。でも彼女の名前を知ったときやはりそこにはある重みを持った身体性みたいなものが立ち現れる。彼女の身体はその名前と共にこれまでを歩んできたのだ。僕は僕が知ってる限りの彼女の歩みとその名前とをひとつに重ね合わせてみる。そして切ない気持ちになる。おそらく生きてるということは―人ひとりが生きてるということはその大元に切ないとしか言いようのない何かを抱え持っているからだ。僕は彼女が生きていることの切なさをその美しい響きを持つ名前から読み取る。夢読みが夢を読み取るみたいに。そして僕が生きていることも結局は切ないことなんだと改めて思う。それが誰であれ生きていることは結局は切ないことなんだと改めて思う。