指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

バイト先の女の子の話ふたつ。

 今日のプールの受付は前にも触れたとてもきれいで感じのいいシマオさんだった。彼女は大学四年生ですでに就職先も決まっており四月になればいなくなってしまう。短い間だったけど僕にとっては忘れ難い人になると思う。受付からほど近いコントロールルーム(プール監視員の詰め所)で待機してると大声で話すおじさんの声が受付の方から鳴り響く。丁寧に相づちを打つシマオさんの小さな声もそれに混じる。受付から動くことのできない彼女にロックオンしておじさんが延々自分語りをしてるらしい。聞くともなしに聞いてたんだけどいっかな声がやむ気配がないのでコントルールルームを出て受付に行き仕事上の話をシマオさんに振ってついでにおじさんの顔をまじまじ眺めていったんおじさんを牽制する。でも僕がいなくなるとおじさんはまた執拗に話を続ける。そこで再び出てって相手の目をしっかり見据えて話しかける。お客様大変申し訳ございませんが業務の妨げになりますので必要以上に長い会話はご遠慮いただけましたら幸いです。相手もまずいと思ったのか最後まで聞かずにそれじゃそれじゃと繰り返して去って行く。次の仕事に移る時間が間際に迫っていたので僕もそのまま受付を後にする。次に受付を通りかかったときシマオさんは僕の顔を見て先ほどはありがとうございましたと言って深々と頭を下げる。ほんとに感じがいい。全然気にしないで下さい。ああいう無神経なの許せないんですよと答えて彼女も忙しそうだったので足早に通り過ぎる。という話を家人にしたらあなたのためではなく自分が我慢できなかったから口出ししたってことにした訳ねと言う。さすがは小説家察しがいいと思ってそうそうその通りと返す。こういうときにこの人と一緒で本当によかったと心から思う。という話をしたらシマオさんより自分の妻の方が自分にふさわしいという話にまとめたのねと家人は言うかも知れない。・・・うんいやまあでもそういうことになるかな。
 帰り際に更衣室に入って着替えようとすると部屋に入るときの失礼しまーすという声を聞いて僕だとわかったのかじゃーんと言って奥から障がい者雇用枠のねひちゃんが顔をのぞかせる。プールの仕事が終わったばかりで水着を着ている。前にも書いたけど更衣室は男女兼用で奥側が女性用手前側が男性用になっている。ついたて代わりのロッカーが置かれさらにカーテンが引かれているのでよほど意図的に見ようとするのでない限り奥は見えない。でも女性の方から男性側に歩み出て来れば話は別だ。ねひちゃんは体にも心にも障がいがあるので日頃から割に親切にしてる。余裕があれば彼女の仕事を手伝うしよくあることなんだけど彼女の体調が優れなければ声をかけて休ませたりする。彼女も懐いてくれていて僕を見かけると今日は○○さん(僕のこと)と一緒かあよかったあと言う。そんな彼女はいつもの通り自分の仕事がいかに大変かということを口早にまくし立てながら(口を開けばしょっちゅうその手の話題だ。端から見てると全然大変そうじゃないんだけど。)水着を脱ぐために突然僕の目の前で肩のストラップを下ろしたので片方の乳首が丸見えになってしまった。あわてて目をそらしたけど残像は消えない。でもそれは二十歳の女の子の美しい色と形の乳首だった。そんなのを目の当たりにしたのは家人が若かった頃以来だ。そしてたぶんこの先もう二度とないだろう。心は幼いままだけど体は大人なんだなと思う。そしてそう思うとなんだかちょっと切ない気もする。同時に切ないなんて思ったらねひちゃんに失礼なんじゃないかという気もする。金子みすゞも言ってる通りみんな違ってみんないいのだ。彼女の裸体を目にする正当な権利を持つ誰かがいつか現れてくれるといいなと願わずにはいられなかった。女の子を相手にしたそれなりに心に残る体験がふたつ重なった日だった。
 今日のスイムは三十分ちょっとで八百メートル。まあ今はそれでよしとしなければならない。