指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

十二匹のすべて犬種の異なる小さな子犬たちの夢。

 十二匹のすべて犬種の異なる小さな子犬たちの夢を見た。家人と一緒にどこへだかその子たちを買いに行った。そして天井のないお菓子箱みたいな箱に入れて持ち帰ろうとしていた。子犬たちはとても小さくてどの子もハムスターくらいの大きさしかなかった。家人がとても動物好きなのでああこんなにたくさんの子犬が買えてよかったと思いながら大切に箱を運んだ。でもいつか死に別れるんだろうな家人が悲しむだろうなとも思った。途中で箱をひっくり返してしまい子犬たちは地面に投げ出された。でもみんなまだ目も開かない子犬だったので逃げ出すこともなく僕の手で箱に戻された。そのうちに僕はうちの子が犬アレルギーだったことを思い出した。だからうちで動物を飼うときには猫にしようとずっと前から決めてたことも。それで家人に向かってこれ全部犬じゃんと抗議の声を上げた。そこまでは覚えている。
 前に就職の内定をもらったという話を書いたバイト先の女子大生の続報。とにかく社会に出るのがいやで同時に不安らしい。大人になったら何もいいことなんてないんじゃないですか大人になってから何かいいことありましたかと尋ねる。思い当たることがふたつあったのでまずすごく相性のいい配偶者を見つけることそれと子供を育てることと答える。夫婦仲がいいというのはどう考えても大人になってからのいいこととしか思えない。それと子供を育てるというのもものすごく大変だということに目をつぶれば(人によってはここで目をつぶることなんかできないかも知れないけど)いいことだ。どうすればそんな配偶者が見つかりますかと言うのでとにかく人を見極める目を鍛えることが大事と答える。でももしかしたらそんな相手はただ降って来るだけなのかも知れない。その人が目の前に現れた途端突然何もかもがかちりと音をたてて隙間なく完璧に組み合わさる。だとしたらそれはもう運命でだから誰にでも起こりうることじゃないのかも知れない。少なくとも僕はそうだったけど君はそうじゃないかも知れない。でもそうも言えないのでたぶん誰にでもそんな配偶者が見つかると思うと嘘をつく。子供にしてもそう。子育てに悩んでる人というのもすごくたくさんいると思うので子供を持つことがすなわち大人になってからのいいことという等式は成り立たないかも知れない。でも少なくとも僕にとってはそうだった。だからそう伝える。彼女を少しでも元気づけるために。でも話が終わったとき自分はまるっきり見当外れのことを言ってたのかも知れないと気づく。彼女の言ういいことというのは彼女が自分ひとりで達成できるいいことだったかも知れない。初めから配偶者や子供に甘い見通しなど持ってないかも知れない。結婚願望すらないかも知れない。だとしたら前提が、置かれてる立場が違い過ぎる。僕なんかの励ましは彼女の心には届かないだろう。あなたは単にラッキーだったのよと思われるのが関の山だろう。だとしたら僕には返すべき言葉がない。確かにラッキーだった部分があることは否めないから。でもそこまで土俵際に追い詰められるとそれだけじゃないんじゃないかという気もほんの少ししてくる。僕は愛すべきパートナーと自分の子供を心の底から望んでいた。その思いがなければ何も始まらなかったんじゃないだろうか。つまりいいことというのは向こうからやって来るものじゃなくこちらから能動的に働きかけることによってたぐり寄せるような何かなんじゃないだろうか。だとしたら彼女のどうすればそんな配偶者が見つかりますかという問いに対する正解はこうなのかも知れない。まず初めに君がそう強く強く望むことだよ。