指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

久々のねひちゃん。

 バイト先に障がい者枠で準社員として雇用されてるねひちゃんについては随分前にも触れたことがある。どの程度か知らないけど知的レベルに問題があってそれだけじゃなく片足も悪くて引きずって歩く。年は二十二歳だと思う。三月までいた施設の責任者は彼女を決してひとりで勤務に就かせないように周囲にいつも釘を刺してた。ただその人が異動になると新しく着任した責任者はねひちゃんに対して特にそういう警戒感を抱かなかったらしく人手が足りないときは誰にもフォローさせずに一人前のプール監視員として仕事をさせてる。ところが彼女は相手が自分より下と見るや割に横柄に指示出しをしたりするので最近入ってきたばかりのバイトさんの中には彼女のことをあまりよく思ってない人もいるみたいだ。そういう愚痴を直に聞かされたこともある。ところがこの「自分より下」というのがこの施設で自分よりキャリアが短いというだけのことを根拠としてるため相手が五十代のおじさんでもなんならあごでこき使おうとするらしい。その人が困ってたので代わりに社員に掛け合ったらあの子には自分がそういう立場にはいないということをよく言って聞かせますという返事だったのでそれで解決済みかと個人的には思ってた。ところがついこの前も同じようなことを起こしたらしい。要するに言って聞かせたって無駄だということだ。しかも監視員が通常通りの三人態勢だったらさすがの彼女もあとふたりを相手にそうそう横車を押すような真似はできないんだろうけどふたり態勢のときはかさにかかって口出しするんだそうだ。大体ねひちゃんとふたりでプール監視なんてそろそろベテラン扱いされてきた僕でも真っ平ごめんだ。できないことが多いし判断もしょっちゅう間違う。プール監視はときとして命を預かる仕事なのでそんなのとふたりきりにされた日にゃ危なくてしょうがない。でも今の上の人たちは平気で彼女とふたりという状況をセッティングする。ドラマのタイトルじゃないけどじゃああんたがふたりで監視やってみろよと言いたい。どんなに恐いか身に沁みてわかることだろう。
 話変わって最近他のプールから何人か監視のヘルプが来てるのはうちの監視員が慢性的に人手不足だからだろう。そのヘルプの中に二十六歳のフリーターという女の子がいる。よく話を聞くと上智大の理工を出た才媛ですでに就職も決まっておりあと半年だけフリーターを続けるということだ。彼女と仕事をするのは今日が三回目なんだけどなんか気が合うみたいで結構仲良くなった。とは言えリケジョというのはこういうもんなのかなと変なタイプファイをしそうになるほど一風変わってる。まず思ったことを割にずけずけ口にする。そのせいかどうか前回の勤務では仕事のやり方をめぐってうちのバイトの男の子にぶち切れたらしい。ただ僕もその男の子の仕事のやり方には常々疑問があったので個人的には小気味いい話だと思った。前回一緒のシフトだったときにeheさん(とはもちろん言わない。あくまで便宜的な表現。)なんで午前中のラストまでいないで途中で帰っちゃうんですかと尋ねるので午後の仕事の前に一杯飲んでお昼食べて昼寝したいからだよと答えたら酒なんか飲んでないで最後までいて下さいよと言われたのはもしかしてちょっとだけ信頼されてるのかもという印象をつくった。ごくたまにこういう風にあまり警戒せずにこちらと打ち解けてくれる子がいるとそれが女の子でも男の子でもうれしい。
 で。今日は午前中のラスト一時間リケジョさん(名前つけときます。ムカちゃんにしよう。)と前述のねひちゃんのふたり態勢ということになってた。その割にはコースロープの移動とかいろいろ面倒なことがあったので処理の仕方を監視室のホワイトボードに事細かに書いた。それでムカちゃんにかんで含めるように説明したらさすがに不安になったのかまだ会ったことのないねひちゃんのことをあれこれ尋ねる。できるだけありのままの姿が伝わるように話したらそんな奴にプール監視させたらまずいんじゃないですか?とさすがに頭のいい人は話が早いねえ口は悪いけどと感心した。それでまたeheさん酒なんか飲んでないで最後までいて下さいよと言うのでそこは素直にごめんねがんばってねと考えようによっては見殺しな感じで帰って来た。だってねひちゃんを一人前扱いすることの弊害についてはすでに報告済みなんだしそれでもねひちゃんと他の施設からヘルプで来てる不慣れな監視員をふたりだけでシフトに入れようと上が思うんならその責任を取るのは僕ではない。もしかしたらムカちゃんがぶち切れして上に掛け合うかも知れないし僕としてはそういうのも大歓迎だ。今週金曜日にまたムカちゃんと一緒のシフトなので今日どうなったかはそのときに訊いてみよう。彼女がぶち切れてバイトそのものを辞めてなければの話だけど。