指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

福武書店の翻訳が好きだった。

黒い時計の旅 (白水uブックス)

黒い時計の旅 (白水uブックス)

ティーヴ・エリクソンの「黒い時計の旅」が今月になって白水社から新書で出た。記憶に間違いがなければエリクソンの作品で初めて翻訳されたのがこれだ。福武書店から出ていた。福武書店の海外小説の翻訳は一時期かなりのペースで出され、それほど数は読んでないんだけど少なくとも福武の翻訳はどれもおもしろいという印象ができるくらいには質が安定していたと思う。

スティーヴン・ミルハウザーの「エドウィン・マルハウス」と「バーナム博物館」、ガブリエル・ガルシア=マルケスの「青い犬の目」、ジョン・クロウリーの「エンジン・サマー」、カルヴィーノの「くもの巣の小道」と「むずかしい愛」、スコット・イーリィの「スターライト」などの他J.G.バラードボルヘスの作品も出ていた。要するにすでに評価されている作家とそれまで日本ではあまり知られていなかった作家とを同列に扱っていながら、未知の作家でも福武の翻訳だからという安心感で読むことができた。そして期待を裏切らなかった。

その後福武書店は社名も変わり翻訳出版からは撤退したらしい。あまり儲からなかったということのように思われる。残念だけど、あれだけ粒ぞろいの作品をすごくかっこいい装丁で出版していたことで、僕は今でも福武書店に好意を持っている。あれだけのセンスと確固たる方針を持ち、あれだけ輪郭のはっきりした翻訳を出している出版社が今あるだろうか。白水社早川書房がちょっと近いけどいかんせん出版点数が多すぎ、満たそうとするニーズの幅が広すぎる。あ、国書刊行会があったか。