指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

今日のテーマは「レス」です。ご了承下さい。

keiko23さん*1、実は図星です。「8月に生まれる子供」は思いっきり満を持して書きました。書き上がるまでPCの前から動かない覚悟で書きました。この話をした相手のうち女性の中には子供を産むのが恐くなったと言う人がいて、確かにその通りだとは思っていたのですが、一度書いておかないことには自分の中でケリがつかなかったんです。それほど強烈な体験でした。握りつぶされ変形した心という言い方はそういう言葉はあまり使いたくないですがトラウマを示唆しています。出産直後はどんな形でもそれをうまく言い表すことができませんでした。ただ何かが黒く固まっているのがわかるだけでした。4年経ってそれを書けるようになって、そうなってみるとかなりな程度回復したことが自分でもわかりました。あれをお読みになって何か明るいものが感じられたとしたら、それは僕にとっても望外の喜びです。

ふだんの僕は全然落ち着いてないんですよ。情緒不安定に近いほど喜怒哀楽が激しくて、年齢と共にそれは随分マシになりましたけど、それでも時々自分で自分を持て余します。ただ「声」とおっしゃられて言われてみればそうかな、と思うのは、確かに心の中に言葉を響かせながら書いているな、ということですね。そしてそれは確かに、静かで落ち着いたトーンのような気がします。

pechikaさん、僕も家人もすごく古風なところがあって、自分たちのつくった家庭というのを信じていると思います。肯定し、維持するための努力を日々続けています。そういう中に出産も位置づけられているので、僕としてもできるだけのことはしたかったし、したつもりです。知人の旦那さんで出産にまるで間に合わなかったという人がいます。病院に駆けつけたらすでに生まれた後だった、ということで。家人の出産後僕はそれをすごくうらやましいと思いました。自分もそうだったらあんな思いをしなくて済んだのに、と。でも今はやはりあれでよかったんだと思うようになりました。そういうのって一見選びようがないような気がします。僕はたまたま管理入院の初日に駆けつけることができ、一方で仕事が忙しくて間に合わなかった人がいた、そういうのは本当に仕方のないことのように見えます。また安産と難産ということも選びようがないように思える。でも実はそうではない。僕ならどんな安産で予期できずに生まれてしまったとしても、必ず家人のそばにいたと思うんです。つまりそのとき家人のそばにいるということを最優先事項にして仕事を含めて準備してると思うんです。そう考えると僕の体験は必然ということになりますね。いい悪いではなくただ単にそういうタイプだというだけなんですが。・・・とか書いちゃってますけど、次にお目にかかるのが恥ずかしいですね、なんとなく。

平山さん*2、そういう葛藤がおありだったとは思いませんでした。村上春樹ライクな小説が多い中で「ラス・マンチャス通信」に関してはそんなことまるで思い浮かびもしませんでしたし。まあ僕の読み方も杜撰なのかも知れませんが、すごくオリジナルな力量を感じました。似せないように似せないようにというのは僕も一時心がけて今ではあまりこだわらなくなった、そこまで平山さんと同じなので(現役の作家に対しそんなこと言うのは恐れ多い気もしますが。)、大変よくわかる気がします。
文体に関しては、おっしゃるように無限の可能性があってその中から意識して、あるいは無意識のうちにある書き方を選び取るようになる、そこには実にたくさんの選択肢があり、特に生理を含めた無意識の部分は探るのが本当に難しいと思います。たとえば中上健次さんの文体に関してはよくジャズの影響が強いと言われるし、ご本人もエッセイでそういうことを書いていた記憶がありますが、じゃあ具体的にどこがどうなのかということになると、ご本人でさえ完全には説明しきれないんじゃないかと思います。でも説明できなくてもそれを統御している。専門家ではないのでそう子細に分析したわけではありませんが、そういうところがとても難しいと思います。
あとこれも個人的には躓きの石になってるんですが、誰だか忘れましたけど日本の批評家でアンドレ・ジイドを評してこの人には文体がないって書いてるのを読んだ憶えがあります。文体がないってどういうことでしょう?「文体」って言葉自体に定義の揺らぎがあるんでしょうか。

僕が僕の文体を持ってるとしたら、それはやはりすごくうれしいことです。そういうのって人生における大きな目的のうちのひとつだと思いますので。もう少し意識的に力を入れてそれを磨いて、これが俺の文体だよって自信を持って言えるようになりたいと思います。実はそういう可能性はこれまであまり考えてきませんでした。でも平山さんにコメントいただけてすごく明るい希望が遠くに見えてきました。ありがとうございます。