指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

うまさへのこだわり。

水域 (講談社文庫)

水域 (講談社文庫)

三連休中、家族で僕の実家に帰省し今日帰って来たところだ。前にも何度か触れたけど実家のそば歩いて三分ほどのところに大きめのブック・オフがあり、五分ほどのところにあるイタリアンのお店と共に家人と僕の帰省中の楽しみとなっている。後者はそれほど高くないながら結構おいしくて今回もビールとグラスワインを傾けつつゆっくり食事をすることができた。ちなみにここは生ビールを頼むとキリンのブラウマイスターが出て来る。個人的には申し分ない。
ブック・オフでは長い間なんとなく探していた椎名誠さんの「水域」の講談社文庫版を105円で手に入れることができた。実家に戻り「火を熾す」の続きと「エスケイプ/アブセント」のうち残っていた「アブセント」を読み終えてから開いた。子供を両親に任せている気軽さも手伝って、普段なら読書などに当てることのできない時間帯も総動員して読んだ。何しろちょっと時間が空くとページを開きたくなるほど続きが気になるお話だった。もちろんそういう本はたくさんあると思うけど、文体の質をある程度(どの程度かということはこの場合僕の判断なので、大変曖昧な程度に過ぎないし、おそらく好みも大きく影響しているに違いないんだけど。)クリアしているという条件をはめるともちろんその数は激減する気がする。文体とは、その文体で書かれていることが信頼するに足りるか足りないかを担保すると個人的には考えているので、その思いで「水域」を見ると、リアリティーを損なわない文体でとびきりおもしろい物語を実現できているように思われる。それは優れた作品と言ってしまって構わない気がする。
食料調達が第一義のような世界で主人公たちは苦労して食料を手に入れる。それは魚であれ果実であれ動物であれほとんどが架空の存在だ。その架空の食料を紹介するときかなり高い頻度でそれがうまいかうまくないかが問題にされている。たとえば、煮て食うとうまい、とか、うまくないけど力になる、とかそういう言い方がよく使われる。これは作者がアウトドアの実体験などの中でことさらうまいかまずいかを問題にする価値観をつくっていて、それが無意識に作品に流れ出ているのか、あるいはどんな場合でも食べるということはうまいかまずいかの問題なのだ、との思いが意図的に込められているのかは、さしあたって判断できなかった。ただ後者と見ると、作品の中にある生命のイメージをもう一歩分明るくすることができるので後者ととっておきたい気がする。
「あとがき」を見るとこの作品が先行する同タイトルの短編をふくらませたものだとわかる。短編版「水域」が収録されている「ねじのかいてん」を買って来ようと思いながら大して期待もせずに軽く母親の書棚を探すとそれが見つかった。それで「水域」一編だけ読んでその本を母の書棚に戻した。翌日、というのは今日のことだがまたブック・オフへ行き、椎名さんの「ねじのかいてん」と共にヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」を買った。自分なりの悪ノリのつもりだ。