指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

車谷長吉さんのエッセイ。

文士の生魑魅

文士の生魑魅

車谷さんの中では、市民社会ではほぼ共通と言っていい価値観が完全に逆転されているような気がする。それはぼんやり言うと豊かさという価値観だ。少なくとも僕自身は豊かになりたいと無意識に望んでいる。でもそれは宝くじでたとえば二億円当たったらそれで実現されてしまうような豊かさだ。車谷さんにはおそらくそういう豊かさへの願望はまったくない。それは生きる原理が正反対であることを意味していると思う。そのことに気づくと自分がひどく堕落してしまった気がする。以前は僕にも豊かさと正反対を向いた願望があったからだ。
その価値観を車谷さんは一度も手放すことがなかった。そしてそれを年齢と共に深化させて来た。その徹底ぶりには共感するしかない。そしてこの本に取り上げられている小説の一編一編を、病者の光学に基づく車谷さんの目で読んでみたくなる。