指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

期待していなかったけど。

思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界 (新潮文庫)

思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界 (新潮文庫)

村上春樹さんに関する評論は何となくあまり読まないようにしている気がする。村上春樹さんの作品にはどうしてもよくわからない混沌の部分が個人的にあるが、その混沌を混沌のままにしておきたい気持ちがどこかにあるからだ。またいつか読み返したときなるほどそういうことだったのかという気づきが起こってくれるのが理想だと思っている。もうひとつあって何人かの例外を除くと文芸っぽい文体で評論を書く人たちを何となくうさんくさいと思っているからだ。それじゃあ文芸評論なんてほとんど読めないことになるが別に困らない。高橋源一郎さんの書評さえ読めればそれで満足すぎるほど満足だ。
でもこの「思春期をめぐる冒険」は特に深い考えもなく読み始めた。著者が臨床心理士なのであまり文芸っぽい文体にはなっていないだろうと思われたせいかも知れない。同じことだが文学以外の専門家なので何か目新しい論点が持ち込まれているのではないかと思われたせいかも知れない。
でも読んでみるとこれは予想以上にすごい本だった。「羊をめぐる冒険」から「アフターダーク」に至る長編で村上さんが繰り返し同じテーマを扱っていることが明らかにされているのだ。そんなの信じられます?この本を読む前の僕だったら信じられない。でも今は多少の留保はあるかも知れないけど信じられる。
同じ用語でも文脈によって概念がぶれるときがあるような感じがわずかにしたけど、そんなの気にならないほどのおもしろさだった。暇つぶしに読めるけど得られるものは大きい。読んでよかった。
村上さんの作品の中では「ダンス・ダンス・ダンス」がすごく好きなんだけど、驚いたことにその理由までこの本が教えてくれた。