指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

コーマック・マッカーシーの小説は、翻訳を出すのにどの出版社がふさわしいか。

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

「すべての美しい馬」を手に取ったのは装幀によってだった。モノクロの装幀と表紙に使われた写真とタイトルの切ないような哀しいような響きのためだった。うろ覚えだけどこの馬の写真は原書に使われていたものが流用されていたのではなかったか。
それは僕にはまったく読んだことのない文体で書かれた本だった。すごくかっこいい文体だ。余計な描写ばかりなのに全然余計に見えない。描写の必要性より文体の持続力と言うか、文体の張りみたいなものの方がずっと優先されているように思えた。
それで気に入って「越境」、「平原の町」といわゆる国境三部作を順番に、翻訳が出る度に買って読んだ。いずれも早川書房から出ていたが僕の少ない知見ではマッカーシーの翻訳を出す出版社として早川書房には多少の違和感があった。純文学という言葉が今でも効力を持つかどうかはわからないが、マッカーシーは明らかに純文学の風格を備えているように思えるのに、早川書房はSFやミステリーの出版社だとしか思えなかったからだ。今は出版をやめてしまったらしい福武書店とか白水社とか、あるいは次点で文藝春秋か新潮社から出るべき作品群のような気がした。また逆にやるじゃん早川という気もちょっとした。
で、この8月にマッカーシーの翻訳が文庫で出た。うっかりしてつい最近まで気づかなかったが書店で見つけてとてもうれしかった。訳者は国境三部作を訳された黒原敏行さんで、同じ訳者で新作が読めるのもうれしかった。ただ版元は扶桑社で帯には犯罪ドラマとあり明らかにこれまでと異なる路線に位置づけられている気がした。ミステリーとかクライムノベルとかさ、そういうノリで。
でもひるまなかった。作者と訳者が同じなら必ず自分の気に入る作品に違いないと信じた。作品の位置づけや版元がどうだろうとそんなのに惑わされる必要など無いのだ。おもしろいに決まってる。おまけにいきなり文庫でツイてるじゃないか。
で結果はどうかと言うと「血と暴力の国」はものすごくおもしろい。国境三部作とは文体上で少し違いがある気がするけどどちらにしても紛う方なきコーマック・マッカーシーの作品だ。今半分くらいまで読み進めたところで続きがとても楽しみだ。それにしてもマッカーシーを出す扶桑社文庫というのは早川書房以上に腑に落ちない。失礼な言い方かも知れないけど。