指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

ミントンのティーカップ。


二十代前半から後半にかけて、カップ&ソーサーに凝っていたことがある。もう二十年くらい前の話だ。きっかけはバイトしていた喫茶店で本格的なコーヒーと紅茶の入れ方をマスターから教えてもらい、自分で入れたコーヒーや紅茶をお客さんに出すようになったことだった。コーヒー豆はUCCのを茶葉はロイヤル・コペンハーゲンのを使っていて、それ以上にマスターがこだわりのある人で確かにその店のコーヒーも紅茶もおいしかった。本格的な入れ方と言ってもいくつかの大切な原則さえ押さえればそれほど難しいものではなく、豆や葉の実力にも助けられて自分で飲んでもかなりおいしいものが入れられるようになった。
それでアパートの自分の一室に最低限の器具を用意して、コーヒーや紅茶を日常的に愉しむようになった矢先、そのバイト先の喫茶店が閉店することになった。この店には本当に愛着があったので以前にも触れたことがある。ご興味のおありの方はこちらをどうぞ。閉店のときに店で使っていた白磁のコーヒーカップをいくつかもらった。それでコーヒーを飲むとまあ店にいるときの気分が再現されるとはさすがに言えなかったものの、店を忍ぶよすがにはなった。カップが意外と重要なのではないかとそのとき初めて思った。
茶店は本を読むのに必要だったので、その店が閉まった後も別の店を探したが、なかなかしっくり来る店に出会わなかった。コーヒーがおいしくて比較的静かならそれでいいんだけど、変に舌が肥えてしまって並みの喫茶店のコーヒーでは飽き足らなかった。結局おばさんとかが来て比較的うるさいものの、とても香り高くしっかりしたコーヒーを出す店に居を定めた(いや別にそこに引っ越した訳ではなくそういう心持ちだったということです。)。ポイントはコーヒーカップで、その店はたくさんの種類のカップを用意していてランダムに出してくれた。それが楽しかった。余談だけど数年前に伊藤理佐さんのエッセイマンガを読んでいた家人が、この店はあの店ではないかとページを差し出して見せてくれたことがあった。しつらえと言い雰囲気と言い場所と言い、間違いがないように思われた。
その店にしばらく通ううちミントンのカップの形をとてもいいと自分が思っていることに気づいた。正しくはティーカップだと思うが、店ではそれでコーヒーを出していた。優雅でクラシックなところがすごくいい。欲しいと思ったけど結構高くて諦めた。
卒業旅行でイギリスに行ったとき、確かロンドンのハロッズだったと思うけどミントンのショップを見つけて買おうとしたら、一番気に入った柄のものが品切れだった。よければ取り寄せてあげるがと言われたが、滞在期間は残り少なく、その旨を告げるとじゃあ東京まで送ってあげると言う。それで送付を依頼しお金を払って帰って来た。と書いていて我ながら疑問に思うのは、それほどの交渉をひとりでできるほど英語が達者だったんだろうかということと、確かに国内で購入するより安かったが、送料を含めてもそうだったのか、ということだ。どちらももう憶えていない。前者に関して言えば、今の僕にはそれだけ複雑な交渉ができる英語力はまるでない。
ところが待てど暮らせどカップは届かない。半年ほど経ってほとんど諦めかけた頃になってやっと送られて来た。写真のカップがそれだ。フラッシュで白くなってしまったけど、地は薄いベージュだ。三セット買って二セットは当時つき合っていた女の子に渡し、一セットだけ自分のところに残した。彼女とはその後別れてしまったので、一セットだけでも自分のところに残しておいてよかったと思う。
少し前に書いた通り最近家人がコーヒーにハマっていて、僕はVANヂャケットのプレゼントで当たったマグで飲んでたんだけど、そうだ、あのカップがあるじゃないかと思い出して探してみたら、ミントンの他にウェッジウッドカップ&ソーサーやノリタケのミルクピッチャーなどが出て来た。それでブログで紹介しようと思いついたんだけど、これほど長いエントリになるとは思っていなかった。尚、ミントンのこのタイプのカップは、ロイヤル・ドルトンのブランドで同じ形のものが残っているけど、柄まで考慮に入れると調べた限り現在では入手できないみたいだ。