指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

暗さと明るさ。

雁 (新潮文庫)

雁 (新潮文庫)

「雁」はどちらかと言えば軽い文体で書かれていて読みやすい。物語は悲劇と言っていいがあまり悲しくは受け取れない。冒頭「古い話である。」と断ってある通り語り手「僕」が昔のことを回顧して書いているせいもあるが、もともと「僕」はこれを悲劇として書くことを意図していないように思われる。個人的にはタイトルからすごく深刻な話を想像していたが、物語の展開の仕方から言っても語り口から言ってもそういう作品ではなかった。
もうひとつ軽く明るい印象を与えるのが作中に描かれた時代と言うか世相と言うかそういうものの雰囲気だ。確かに女性には今よりずっと圧力がかけられている。特に夫が妾を囲った場合の妻の立場や、当の囲われた妾の立場など、現代ならはるかにたくさんの戦う手段があるはずなのにまったく救いの無いように描かれていて、それは明治という時代の暗さを浮かび上がらせているように思われる。でも一方で現代ではなりわいとしてはとても成り立って行きそうもない仕事で生活している人たちが描かれていて、そのゆるさみたいなものが個人的には時代のほのぼのとした明るさのように感じられる。鴎外が住んでいた頃の観潮楼を想像したときひとりでに感じられたのもその明るさで、それが作品の中に描かれているのを読みたかった。