指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

ニーチェ自身のルサンチマン。

道徳の系譜学 (光文社古典新訳文庫)

道徳の系譜学 (光文社古典新訳文庫)

善悪の彼岸」を補足する形で書かれた作品だということだ。論文形式なので箴言集の前掲書に比べるとはるかに読みやすい。ただし「悲劇の誕生」もそうだけどニーチェの論文というのは読んでてまるで論文らしく感じられない。自説の根拠付けにそれほど深い関心が払われてないので、これは独断の積み重ねなんじゃないかという気がして来る。それが時代的なものに拠るのか論者の資質に拠るのかにわかには判断できない。ただし、論拠など顧慮しないがむしゃらさとスピードによってとても熱いものが伝わって来る。その熱さはニーチェ独自のものだという気がする。そしてニーチェ独自の力強い説得力を支えている。
ディオニュソス的な力がここでも称揚されている。その力が抑圧され転倒されて反対側の価値観が台頭して来た微構造を、ニーチェは荒々しい丹念さで跡づけている。でも事態はおそらく逆の過程で起こった。転倒した価値観に抑圧されたニーチェが、その価値観を克服しようと発見したのがディオニュソス的な力だったと考えた方が納得が行く。ニーチェは反対側の価値観をルサンチマンから生まれた病的なものと批判するが、その批判自体が彼のルサンチマンから生まれたものだ。起源は、隠蔽されてしまう。
でもおそらくこの本を読んだ後でなら、ツァラトゥストラも幾分かわかりやすくなるように思われる。何年ぶりだかもう憶えていないが、ツァラトゥストラを手にとってみようかと思った。あと新訳で全集が出るとすごくうれしい。