指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

誰にでも通じる複雑な寂しさ。

生きる歓び (角川文庫)

生きる歓び (角川文庫)

収録された九編を「寂しさ」でくくってしまうのは無理があると思うけど、寂しさの描き込まれた何編かが個人的にはすごく心に残った。特に「きりん」のラストは胸に沁みたが、おそらくそこはこの作品集の中でも最も感傷的な書き方がされていてもともとある自分の感傷癖をそそっただけかも知れない。
いずれにせよ描かれている情緒はとても複雑なものなのに、それを体験している登場人物は特に感受性が豊かとかすごく頭が切れるとかそういう風には描かれていない。どこにでもいそうな人の抱く情緒がとても複雑であり得ることが、無理なく納得できる。その辺がもしかしたら作者のものすごい力量なのかも知れない。当たってるかどうかわからないけど、知識人という主題を禁じられた漱石を思い描くと幾分この作品の世界に近づくかも知れない。