指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

おとなになる日まで。

さっきまで優しかった人 (新潮文庫)

さっきまで優しかった人 (新潮文庫)

恋に関して仮に経験値みたいなものを仮定できるとしたら、自分は子供の域をあまり出ないところに位置づけられると思う。好きだから一緒にいたいとか一緒にいたいから結婚するとかそういったすごくシンプルな原則に拠っている気がする。子供の頃に読んだ「しろいうさぎとくろいうさぎ」のようなあり方が一番しっくり来る。直線的で単純ででもひたむきで切実だ。すぐ向こう側に悲劇がぱっくり口を開けているような予感がいつでもしている。だからそこへ落ちて行くことがないように必死に自分と自分の相手とを支えている。
「さっきまで優しかった人」で描かれるのはそういう自分のあり方とは対局みたいな恋だ。クールで余裕があり自制力が効いていて哀しみが乾いている。自分との違いがどこにあるかと考えても、生まれが違うんだというある種の運命論みたいなところへ返して行く他どうにもやりようがない。こういう世界に憧れる人たちはきっとたくさんいるだろうし僕だってもっとずっと若かったら憧れたかも知れない。でも今はこういうことは自分には起こりえないというところで決着してしまう。起こる人には起こるんだろう。でも僕には起こりえない。
「スローなブギにしてくれ」から何年後の作品かはっきり知らないが、作者の関心はもう青春を描くことにはない。そのせいで、ここまで書いてきたこととどれだけ矛盾しているように見えても、今の自分により近い作品集のように思われた。