指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

子供を苦しめて欲しくない。

先週の木曜日だったか仕事で吉祥寺に行き午後三時頃着いたんだけど、ホームからすさまじい怒鳴り声が聞こえて母親と思わしき人がちょうどうちの子と同じ三年生くらいの男の子を叱りつけていた。急いでいたので足は止めずに聞くともなしに聞いていると、その子が何か忘れ物をしたせいで、これから行くべきところに行く意味がなくなった、みたいなことを母親らしき人は言っているらしかった。すごくヒステリックな調子で、いやなものを見たな、と思った。
ところが仕事を終えて三十分ほどして駅に戻ると、二階の改札をから入ったばかりのトイレの前あたりで同じ人がまだ子供をなじり続けていた。まわりの人が何事かと振り向いたり、背伸びをして眺めたりするほどの剣幕で、少なくとも三十分間はそれが続いているようだった。その子は不思議な表情をしていた。途方に暮れるとか目がうつろとか、じっと耐えているとかいうのとは違って、妙に落ち着き払った様子で、それが逆に何かが壊れていると言うか、どこかに行ってしまっていると言うか、そういう恐い印象を与えた。
そんなに子供を追いつめちゃいけない、とよほど言おうかと思ったけど、その人が母親なのだとしたらやはりそういうことを言う権利は赤の他人には無い気がして留まった。
あの子はどれだけの重荷を普段から背負わされているのだろうか。あれが母親なのだとしたら、その年頃の子供にとって世界全体と等しい重さを持つかも知れないのに。世界全体に拒まれ、味方なんてひとりもいないと思ってしまうかも知れないのに。