指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

物語からはみ出した時間。

カツラ美容室別室 (河出文庫) 山崎ナオコーラ著 「カツラ美容室別室」
働かない訳には行かないので働く。一日のうち三分の一から半分弱の時間が働くことに持って行かれる。残った時間がプライベートだ。つまり働く人たちのプライベートな時間というのは分断されている。夫婦で大げんかをしたって翌朝には一時休戦が言い渡される、そんな風にして多くの人が生きている。
そんな生活の実態そのものがテーマなんじゃないかという気がした。語り手とその他の登場人物の間ではしばしば長い間連絡がとられない。それを処理するとき「次に会ったとき」とか入れるとその間に置かれたブランクを省略できる。時間が省略される替わりに物語の持続する感じは強まる。物語とは時間のどの部分を省略しどの部分を取り上げるかという切り抜きなのでそれはそれでありだ。でも、作者はこの作品でかなり周到に時間のブランクに言及している。月日や季節の移り変わりも詳しく書き込んでいる。生活する上で時間というのはそういう風に流れている、ということに自覚的なのだと思われる。あるいは物語のために特権的に取り上げられるある時間の持続の、その特権性を壊すことによって、生活に流れる時間の実態に近づいていると言ってもいいかも知れない。それがとても新鮮に思えた。