指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

季節の記憶。

宇多田ヒカルさんのアルバム「ファントム」の収録曲がこの頃不意に頭の中で流れ始めるようになった。それでもしかしたらと思ってリリース時期を調べたら昨年の九月下旬であることがわかった。レンタルが開始されるまでに何週間かかかったとしてちょうど昨年の今頃このアルバムをしきりに聴いていたことになると思う。その記憶が体のどこかに残っていて秋の深まりと共にこのアルバムのことを思い出させた気がする。別に何の役に立つ訳でもないけどそういう機能があるということにはちょっと驚かされる。季節と音楽が無意識に結びつけられているのだ。
グルッポ・ムジカーレ
そういうアルバムは何枚かあって坂本龍一さんの「グルッポ・ムジカーレ」もそのひとつだ。ベストアルバムで毎年秋になると聴きたくなって聴いている。今調べるとリリースが1989年9月22日。図らずも秋でまたちょっと驚いた。おそらくその年の秋を通してずっと聴いていたんだろう。三十年近く前のことで僕は26才になったばかりだった。初めてできた彼女とのつき合いが三年目。彼女は村上春樹ファンにはなってくれたけど坂本龍一ファンにはなってくれなかった。まあそれは別にいいか。
特に気に入っているのが6曲目の「Steppin' into Asia」と10曲目の「Merry Christmas Mr.Lawrence」。前者は女の子のラップがたどたどしくていい。幼い子かと思っていたらいつだったか調べたら大学生くらいの女性で驚いた。とにかくすごく好きでこの曲だけリピートして五回くらい聴くこともある。後者は初めて聴いたのがたぶん大学浪人二年目の夏で映画「戦場のメリークリスマス」のラジオCMのバックに流されていた。ほんの数秒で完全に持って行かれてしまった。なんてすばらしい曲なんだと思った。今でもそう思っている。この曲もこれだけリピートして何度も聴くことがある。もう隅々まで頭の中に入ってるんだけど聴き飽きない。「Behind the Mask」が三曲目に入っていて作詞にマイケル・ジャクソンが参加しているけどハードロックっぽいこのバージョンはどちらかと言うと苦手だ。イエロー・マジック・オーケストラのオリジナル・バージョンが本当によくできていると思うので時間があって「グルッポ・ムジカーレ」全体を通しで聴きたいと思うとき以外は飛ばしてしまう。四曲目の「黄土高原」と次の「Ballet Mecanique」はオリジナル・アルバム「未来派野郎」からのもの。「未来派野郎」は「音楽図鑑」の次のアルバムだったろうか、とにかく気に入って本当によく聴いたのでこの二曲は飛ばさずに聴く。七曲目の「A Carved Stone」と次の「Self Portrait」はそれぞれアルバム「エスペラント」と「音楽図鑑」からの収録。「エスペラント」も「音楽図鑑」も大好きでよく聴いていたけどベストに収めるならもっといい曲があると思うのでやはり飛ばしてしまう。九曲目「Last Regrets」はアルバム「コーダ」から。「コーダ」は「戦場のメリークリスマス」のBGMをすべてピアノだけで坂本さん自身が演奏したアルバムじゃなかったろうか。とても美しい曲で幕切れも印象的。次の曲へのつながりもいいのでよく聴く。それから十一曲目と次を飛ばして最後の曲「Thousand Knives」を聴く。このバージョンはオリジナルより遊びがあっておもしろいと思う。
若い頃はアルバムに敬意を表して頭から終わりまで通しで聴くようにしていたけどいつの頃からか自分の好きな曲だけ聴くスタイルも取り入れるようになった。つまりそれはある意味での学習という聴き方に純粋に楽しみという聴き方をプラスしたということになると思う。音楽を聴く時間だってとても限られるようになっちゃったしね。