指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

その後。

先週までに三件あった問い合わせで結局一件しか成約にならなかった。と思ったら今日突然年配の見知らぬ女性が塾の扉を開けて入って来て息子夫婦が共働きなので小学三年生の孫の面倒は自分が見てるのだが、何しろ外で遊ぶのが好きで落ち着いて勉強しようとしない、教えようとしても真面目に取り組まないので腹が立って叱ってしまうというようなことをまくし立てた。割にありがちな話なのでそうですか、そうですかと相づちを打ちながら聞いてるとテストの答案用紙を出して見せてこんなの百点取れなきゃ駄目だと思うんですよと言う。国語と算数のテストでざっと目を通したところ算数はどちらかと言えば得意だけどケアレス・ミスが多く、国語は腰を据えて文章を読む訓練がまるでできていない、要するに頭は悪くないけど落ち着きが無くて物事を丁寧に処理することが苦手なタイプに思われた。だから算数はわかってない訳ではないけどケアレス・ミスが多く、国語は問題の解答の仕方がまだ身についていないので、こういう状態ならうちはかなりお役に立てますよと売り込んでみた。ちょうどそのときやって来たひとりの生徒さんを見るとその年配女性はあら知ってる子が来た、と言い、あなたお名前はなんて言うのと尋ねた。彼が答えるとあなたお兄さんはいないのとさらに尋ね、お兄さんの名を聞くと孫の大の仲良しだと言う。そのお子さんもこの塾なんですかと尋ねるのでそうですと答えるとなんだかすごくうれしそうでそういうことなら孫も塾に通うことに同意するかも知れないというようなことを言った。孫の両親とも相談して決めると言って帰ったが、結局それが決め手になったかすぐに電話がかかって来て本人がやる気なので気が変わらないうちに通わせたい、今週から行っても構わないかとの問い合わせだった。こちらとしても願ったりかなったりなので手続きの説明などして電話を切った。一年に一回くらいこういういきなり扉を開けて入って来る人というのがいて大抵塾に入ってくれる。そして哀れな経営者を少しだけ希望の方向に押し出す。