指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

最後の天丼いもや。

あれから二度目に行ったのが、最後の天丼いもやとなった。3月23日のことだ。ちょっとした思い出ができた。列は日に日に長くなって行くようだったので、用心して開店の三十分前に並んだ。家人が六番目、僕が七番目の客だった。この店の席が十一であることは前にも触れたけど、その後開店直後に行くようになってわかったことがあった。それは、天丼をつくるパターンとでもいうべきもので、最初に六杯つくり次に五杯つくって十一の席を埋める。後はその繰り返しだった。だから家人は一回目につくる分を僕は二回目につくる分を割り当てられることになり、十分程度時間差がつくことになった。もちろんそのことは予想できたしその場合先に食べ終えた家人がどう時間をつぶすかも打ち合わせてあった。天丼にしじみの味噌汁が付くんだけど天ぷらを揚げてご飯をよそい天ぷらをのせてたれをかけて客に出すまでを前にも触れたお兄さんが、味噌汁を注いで配るのをおばさんがやっていた。開店直後なのでおばさんはお兄さんが当然六杯の天丼をつくるだろうと思って味噌汁を六杯注ごうとしたんじゃないかと思う。すると突然お兄さんが「ご、・・・ご。」と小さな声で言った。天丼はパターン通りの六杯ではなく五杯しかつくらないので、味噌汁も五杯でいいと指示を出したように思えた。これが意味するのは、最初に六杯つくってしまうと家人と僕の間にタイムラグができてしまうから、最初は五杯だけにして家人と僕には同じ二回目につくる分を出すという気遣いだと考えられた。それがなんだかとてもうれしかった。その程度には我々がいつも連れだって店にやって来ることにお兄さんは気づいていたことになる。いい思い出ができたなと思った。
僕は涙もろいので、もう一度食べに来られる、これが最後じゃなく、もう一度食べに来られる、と自分に言い聞かせながら天丼をかき込んだ。でも結局それが最後の一杯となった。お兄さんの配慮に気づいていたこととそれに対する感謝を伝えたいと思ったけど、うまく言えそうになかったしただのお店の人とただの客というそれだけのことにしておきたい気持ちもあって黙って店を後にした。でもお兄さんが何かのきっかけでこのエントリを読むようなことがあったら心からうれしいと今さらながら思う。あのときのご配慮ありがとうございました。もしもどこかで別のお店を出すようなことがあったら是非教えて下さい。多少遠くてもふたりで食べに行きます。